メルトリリスがマスターの体内で戦う話

(これまでのあらすじ。人理漂白後も微少特異点は発生し続ける。その修正のために奔走するマスター藤丸立香はしかし、この地を守ろうとしたキャスターをの死力を振り絞った反撃を受けてしまい…)

明滅する視界。バイザーを上げながらこちらを振り返り何かを叫ぶマシュ。その踵で首を刎ね、トドメを刺すメルトリリス。それを最後に意識は一度閉じた。

・・・

「先輩、起きてください…先輩!」
マシュの必死な声に意識を覚醒させる。起き上がろうとするが力が出ない、身体から活力を丸で感じられない。
「無理しないでください、先輩はキャスターの呪いを受けて…」
「そう、そして普通なら既に死んでいるわ。生きているのはその類い稀な病毒への耐性のおかげ。この盾娘に感謝した方がいいのではなくて、マスター?もっとも、その呪いさえ受けなければ関係のない話だったのだけれど。」
メルトリリスの言葉に俯くマシュ。藤丸は反論しようとする。メルトリリスが不機嫌な理由ならおおよそ察しはつく。トドメをさす前に反撃を許した自分と、攻撃を防ぎきれなかったマシュへの苛立ち。だから、それは違うのだと伝えたい。…しかし言葉は出ない。参ったな、今までに受けた最悪の毒だ、と心の中で呟く。
「先輩は今は生きるだけで精一杯です。ナイチンゲールさん、サンソンさんを召喚できたら…でもそれは。」
「ええ、その通りねマシュ。あなたはデミ・サーヴァントとして、私は単独行動スキルで顕現してるだけ。これ以上は耐えられないでしょうね。でも安心なさいマスター、私がなんとかしてあげる。」
「えっ…でもあなたに治療のスキルは」
「もちろんないわ、でも忘れたのかしら?私は」
耳慣れた通信音。
「そうか、彼女の構成要素の一柱はアルテミス。つまり藤丸君を侵す病毒を、より強い神秘の病毒で追い出そう、そういうことだねメルトリリス?」
突然繋がったカルデアとの通信。ダヴィンチは相変わらず空気を読まずに割って入る。
「…ええ、その通りよ。その手の種明かしは自分でやりたいものなの、わかってないはずないでしょう?」
頭のいいメルトリリスとダヴィンチちゃんの間では既に方法が見つかったようで何よりだ。だが何か、すごく不安だ。毒をもって毒を制す、その毒がメルトリリスだというのは、すごく、いやな、予感がする。
「そうね、お話はこれまで。マシュ、私はしばらくこの身体が停止するからマスターを護衛してちょうだい。」
「それはいいのですが…メルトリリスさんは一体何をするんですか?」
「決まってるじゃない、私がマスターの中に入るのよ。大丈夫、致命部位は外すから。」
やっぱり大丈夫じゃなかった!などと思う前に掌を踵に貫かれる藤丸。激痛。そして中に流れ込む異物を感じ取る。

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メルトウィルス。彼女の名を冠したウィルスこそがメルトリリスの持つ固有の力。感染したものからリソースを奪い、殺す、あるいは乗っとる。本来の用途はそういったものだ。しかし今回はマスターのため、そのウィルスに意識を移して行動している。
(前にも私、こういうことをしたかしら。少しだけ懐かしい気分ね。)
病毒を、より強い病毒により駆逐する。そのためにメルトウィルスに意識を移し体内に侵入する。そして原因となるものを排除する。十分な魔力さえあればウィルスに自律行動させられたのだが、弱ったマスターからそれだけの魔力供給は期待できない。ならば、とウィルスに意識を移し、マスターの体内で自ら戦うのが最善である。そうメルトリリスは判断した。

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体内を進む。血流に乗り移動しながらメルトリリスは端末をばら撒く。とにかく素早く病巣を見つけ出す必要があった。血の淀み、異常な代謝、それらが最も色濃い場所に「敵」がいるはず。そしてそれを見つける。やはり、と彼女は思う。人に確実に死を与える場所、私の恋した藤丸立香の心臓の中に。
わかってしまえば最早迷うことはない、一直線に心臓へと向かう。複雑な体内の経路だって、ばら撒いた端末から計算すればなんてことはない。私はメルトリリス、人間より遥かに優れたAIで、そしてあなたの為に戦うモノ!
「見つけたわよ!」
心臓の内壁に張り付く黒い何か。おそらくこれが病毒の正体、これをなんとかすればいいはずだが。
「簡単にさせてくれないのかしら?急いでいるのだけど。」
病毒の防衛機構か、いわゆるゴーストのような敵性体が吐き出される。正直なところ、そこまで考えて作られた術式なのだとしたら偏執的で呆れてしまう。それとも魔術師というやつは皆そうなのか?
「はぁ、仕方ないわね。正直切り刻み甲斐もないし、時間もないからさっさと終わらせるわ。私は水の女王、体内なんてまさに絶好のフィールドよ?」
普段ならその踵の刃で舞い踊り切り刻むのが彼女の戦い方。しかしここは体内、水は豊富に流れている。彼女はつまらなそうにただその腕を敵に向ける。敵性体は水の刃に裂かれ、消えた。
「こういうの、つまらないからあんまりやりたくないのよね。でも今回は自重するのよメルト、愉しみに耽って時間切れは優雅じゃないわ。」
彼女を構成するもう一柱の神性、サラスヴァティは流れるものを司る。周りの血液にそう命じるだけで、刃となって敵を排除させられる。病毒の本体は最後まで抗うように敵性体を吐き出し続けたがそれも意味のないことだった。
「終わりね、消えなさい。」
踵で一閃、病毒の源は消え去った。思った通りアルテミスとしての神秘で塗り替えられたようだ。
「さて、これでやるべきことは終わりね。あとは少しだけ、私がやりたいことをしましょう。」

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血液脳関門もおかまいなしにマスターの脳内に侵入するメルトリリス。脳細胞にその踵を刺しながら語りかける。
「聞こえてるかしらマスター?」
「…!?メルトなの?どこから?」
「あなたの頭の中よ、物理的にね。ああ安心して、すでに呪いは解いたし。」
「それより頭の中の方が気になるんだけど…」
「あなたの脳に直接信号を送って会話してるのだけど、この説明じゃ足りないかしら?」
「メルトお前…」
藤丸は思う、やはりこのサーヴァントは無茶苦茶である。メルトウィルスを体内に入れる危険性を実感しながらマスターは問いかける。
「どうやって、とか大丈夫なのか、とか色々聞きたいことはあるけど…それよりどうしてこんなことを?」
「そうね、一度やってみたかったのよ。好きな人を内側から弄べる機会なんてそうは来ないわ?」
メルトリリスならやりかねない。そう納得しかける。
「ええ、そしてあの盾娘に聞かれない絶好の機会よ。あなた、あの娘が好きなの?」
絶句。鈍器で殴られたような鈍い衝撃。だがいつかは向き合わないといけなかったこと。
「ふふ、安心しなさい私のマスターさん。別に言いふらしたりしないし、そもそも私自身はどっちでも構わないから。」
「…ごめん、それはわからない。ただ大切で、死んで欲しくなくて、傷付いて欲しくない人なのは間違いない…そう思う。」
振り絞るように答える。ここで嘘やごまかしはいけないとそう思っていた。
「…ふうん。あなたもそう言うのね。」
「あなたも?」
「何でもないわ、独り言よ、流しなさい。…ええ、だから貴方はマシュを前に出すのを躊躇いがちだったのね。今回の戦闘もそう、マシュをもっと前に出していれば防げたのではなくて?」
確かにその通りかもしれない。マシュだって最早歴戦のデミ・サーヴァント。引き際だってわかってる、そう思いたい、信じたいのだが。
思い出すのは時間神殿、手を離せばまたどこかに消えてしまいそうで。
「はあ、呆れた人ね。貴方が死んだら元も子もないのよ?まあいいわ、私が先に危険を排除すればいいだけの話。貴方の腕が鈍ったわけじゃないって確かめられたわけだし。」
マスターはメルトリリスの「用は済んだ」とばかりに離れる気配を感じ取る。
「ちょっと待ってメルト、もう終わり!?」
「何よ、もう終わったのだからさっさと…ふふ、それとももっと弄られたいわけ?脳を直接…この趣向は初めて、ええ、付き合ってもよくてよ。」
「いや違う。そうじゃなくて。」
「そ、つまらないの。まあ貴方はそういう人よね。」
「つまらないって…ううん、今はそこじゃなくて。メルトは、どうしてメルトは僕にそこまで好意を向けるの?」
きょとん、とした表情。完全に予想外の疑問をぶつけられたメルトリリス。
「いくらなんでも僕でもわかる。メルトはその、僕に好意を向けてくれてること。嬉しいんだけど、わからないんだ。だって僕は何も返せてないのに…」
「ぷっ…あははは、何よそれ!おへそでお茶が沸きそうよ!」
「むっ、何がそんなにおかしいのさ。」
「ふふ、そうね。私の藤丸、あなたは二つ間違えてるわ。一つは私を人間だと勘違いしてること。私は私、メルトリリスよ。他人に愛されようとか、恋されたいとか、そんなことは一つも思ってないの。」
「それは前にも聞いたけど…」
だけどそうやって恋されるのに、自分は愛を返せてないのではないか。それは不誠実なことではないだろうか。
「あなた、本当にバカ正直というか思考を隠すのが下手ね。さっきの考え丸見えよ。ふふ、そして二つ目がそれ。あなたは何も返せてないって言ってたけど、逆なの。あなたは私を召喚するとき、わけもわからず私を求めてくれた。私に頼り、私を使ってくれた。私を人間のように見つめて、ヒトであるという夢まで見せてもらえた。私の欲しいものは、いいえ、求めることすら想像できなかったものまで先にもらっちゃったの。」
「そう…だったの?」
やっぱりわからない。何も特別なことはできていないのに。
「ええ、だから私は最後まで貴方のために踊れるの。あなたがなんでもないと思ってる『愛』が私に届いたの。」

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ゆっくりと意識を浮上させる。メルトリリスは元の機体へと帰る。
「メルトリリスさん!戻ったのですね、マスターは…」
「マスターなら無事よ。私が駆除したから。」
「よかった…ありがとうございます。」
マシュはぺこりと頭を下げる。流石のメルトリリスもお人好しがすぎないか?と心配して声をかける。
「ねえ…あなた、私が言ったことを気にしてないの?私、少し言いすぎたのかもって思ってたのだけど。」
「その、本当のことでしたから…でもそう言ってもらえるのはやっぱり嬉しいです。」
そしてマシュはメルトリリスに向かって手を伸ばす。
「一体何かしら?」
「ダメでしょうか、感謝と仲直りの証として握手したかったのですけど。」
しょうがないわね、と手を差し出す。好きな人でなくてもこうやって手を伸ばす日が来ることに驚く。きっと、元の完璧だった私なら有り得なかった出来事。でもそういう夢を見られるのが楽しいとメルトリリスは思っていた。

終わり

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