母と子の読み聞かせ
2023年3月12日(日)
ノコ(娘小3)が珍しく20時に居間のドアノブに手を掛けた。
「ママァ、読み聞かせしてぇ」
語尾をのばして甘えた声を出し、上目遣いに私を見上げる。お約束では20時までにベッドに入ったら、だが大目に見よう。
先日、ノコの小学校の読み聞かせボランティア当番日だった。今年度最後で、しかもノコのクラスだったが、当日ノコが体調を崩して欠席したため、私も休まざるを得なかった。それに向けて練習した絵本があったのでそれを読もう。
私が立ち上がると、20時を過ぎているので読んでもらえるとは思っていなかったノコの目が輝く。
私だって、本当はもっと頻繁に読み聞かせをしてあげたい。
だけど、最近のノコは「ヤダヤダ」と寝ようとしないから叶えられないだけだ。
ベッドにもぐったノコに見えるよう、絵本を手にする。
「ぽとんぽとんはなんのおと」※
表紙を見せ、ゆっくりとページをめくる。
熊の母子が冬ごもりの穴のなかでまどろんでいる。子熊はこの冬産まれたばかりで外の世界を知らない。穴の外から音が聞こえる度に子熊が母熊に何の音か問う。母がその音を説明するが、まだ穴の外に出たことがない子熊にはわからない。ただ母熊にここは安心よ、寝なさいといわれ、また眠る。
音は次第に春の訪れを告げるものに移りゆく。
「ぽとんぽとん」は穴の入り口に垂れさがるつららがとける音。
さぁ、待ちに待った春が来た。
母子はまばゆい光あふれる穴の外へ出て行く。
図書館での読み聞かせでは、お話がまっすぐ子どもたちに届くよう語る。あまり声音を変えたりすることを意識しない。こじんまりとした読み聞かせの部屋では子どもたちの目と心が自然と絵本に向く。
小学校での読み聞かせは、コロナ禍のため密にならないよう各自席についたままだ。絵本までの距離はあるし、換気のためドアや窓は開け放たれているので、子どもの気が散りやすい。だから、少しだけ抑揚をつけて読む。絵本の世界に入りやすいよう、ちょっとだけ人物の言葉にはその人らしさを乗せる。
ノコに読むときは、図書館とも小学校とも違う。
とても距離が近いし、ノコはちょくちょく読んでいる私の顔を見る。大きな相槌、質問、返事と静かに聞いていない。これは家で母が子に語る特別な読み聞かせ。
私もノコと目を合わせたり、かたちのよいおでこをなでたりする。声もだいぶ変える。
最近、口を開けば小憎たらしいことばかりいい、「ヤダヤダ」っ子のノコだが、読み聞かせをすると、幼児のような顔つきになる。
「…おしまい」
ゆっくりと絵本を閉じ、最後に表紙を見せる。
「『ぽとんぽとんはなんのおと』でした」
ノコがぱちくりとまばたきをする。
「ママァ、なんか音がするよぉ」
「どんな音かなぁ?」
ノコの丸いおでこを、短い鼻筋を、まぶたを私はやさしくなでる。
「あのねぇ、あのねぇ…ぽきょぽきょ?」
「なんだろねぇ、夜の音かなぁ。さぁさ、ノコさん、おやすみよ」
照明のリモコンを取り、そっと豆電球に切り替えると――ノコがガバッと身を起こし、私の手からリモコンを奪う。
「ママ、9時まで本読んでていい?」
あっという間に部屋中に白い光があふれ、ノコは枕元から漫画本を引っ張り出す。
甘ったるい親子の空気は霧散。
「9時になったら消灯ね。電気消してね。寝るのよ」
「はーーーーい」
ノコはもう漫画を開き、ちらりとも部屋を出る私を見ない。
小学3年生なんてこんなもんだ。
それでも、ノコはまだ3年生になりきれず、我が家に来た当時(幼稚園年長児)と今(3年生)を往復している。
※「ぽとんぽとんはなんのおと」 神沢利子 作 / 平山英三 絵(福音館書店)
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