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【Q4.直行しない水戸直行業務】4.スーパー堤防と灯台

  いわき駅でもまずはスタンプを探すが、どこにも見当たらない。有人改札の係員に尋ねると奥から出してくる。押す。次は灯台に向かうつもりだ。今回の旅に持参した「JTB小さな時刻表」の、冒頭の地図部分のページを見て、適当に決めた目的地だ。

 改札から出た旅人を、広々としたペデストリアンデッキが迎える。市街地側のビルには、巨大ディスプレイ。都会的な景観だ。

 観光案内所の営業時間は、朝一〇時からだ。開業と同時に入り、灯台までのバスについて情報を収集する。バスの乗り場と時刻、最寄りのバス停とそこからの徒歩の経路、帰りの便の時刻について教えてくれる。時刻表を貰う。 


 一〇時三〇分、いわき駅前発。駅周辺の市街地を順調に進む。しばらくすると農村地帯に入る。 
 


 一一時〇一分、灯台前バス停着。震災以降に整備された、高くて幅広い堤防が海側に長く連なっている。斜面には各種植物が植えられ、堤防上にはサイクリングロードや駐車場が整備されている。陸側には戸建て住宅が散見する。震災の後に建てられたものと思われる。 
 南側に灯台の姿が見えるが、まだ少し距離がありそうだ。堤防に登り、左側に太平洋を見つつ歩く。目的地が常に視界にあるため、迷うことはない。 砂浜には小さな海水浴場がある。何かの音楽が聴こえてくる。暑い。
 


 明日月曜日に、そのまま出社する予定なので、今回の旅行は革靴を履いてきている。長距離の歩行が、全く苦にならない。むしろ、足に合わないスニーカー等より歩きやすい。江古田のスーパーで買ったこの、靴底にエアの入った安物の革靴は、実は優れモノなのかもしれない。 
 堤防上の道をひたすら歩き、灯台が建つ岬の麓まで来る。周囲には飲食店と土産物屋があるが、覗くのは後回しだ。 
 美空ひばりの歌碑がある。この灯台を題材にした持ち歌があるらしい。私は知らない。
 


 岬の階段を登る。七月下旬の紫外線と蝉の声を浴びつつ、灯台の入口まで辿り着く。入場券を買い、中に進む。灯台内部の螺旋階段。更に登る。息が切れる。 

 最上層まで登る。北側の眼下には、砂浜と、砂浜で遊ぶ人々。
 


 そのすぐ陸側には、巨大堤防が長く伸びている。東には遥かなる太平洋、その水平線。遠く洋上を進み行く船。昨年秋に、苫小牧から大洗までの商船三井フェリーに乗った時に、福島側の陸地を船上から眺めたことを思い出す。それと、丁度対を成す体験だ。

 南側は浜辺ではなく、磯になっている。太平洋の荒波に削られた岩がその武骨な姿を剥き出しにしている。
 この高さだけあって、潮風が強い。少し汗がひく。心地良い。 

 螺旋階段を降り、展示スペースを見学する。スタンプがあるので、当然押す。灯台の歴史や、近代以降の技術者達が紹介されている。キャプションでは、灯台に関する建築技術や、レンズ光学に関する説明がされている。
 昔の灯台守は、家族住み込みで従事する過酷な仕事であったという。しかも全国転勤があるという。その灯台守の生活を題材とした、木下恵介監督の映画『喜びも哀しみも幾年月』が紹介されている。随分昔の作品だ。モノクロ映画だ。自分が生まれる前の時代だ。 
 一般の観光客が天辺まで登れる灯台は、日本全国に一六ヶ所あるという。その灯台巡り専用のスタンプ帳が窓口で売られているので、二冊買う。一冊は自分用、もう一冊は日頃世話になっている松岡さんへのお土産用である。自分用のスタンプ帳には、その場ですぐにスタンプを押してくれる。塩屋崎灯台。土産用には押してくれない。本人が直接この場に来ないと押せないとのことだった。 

 岬を降りる途中、白い縦縞の入った美しいトカゲを目撃する。美しい。しばし足を止め、撮影する。スマホをかざしつつ、その姿を懸命に追う。夏休みの少年の心になる。自分は今、出勤までの長い道のりの途上にあり、明日は仕事だ。 

 飲食店は高いうえに混んでいるので、遠慮する。土産物屋で、土産を何点か買う。 
 堤防を降りて、浜辺に出る。太平洋の水に触れる。今年の夏は、手のひらだけ海水浴だ。 


 バス停までの帰路は、砂浜を歩いていくことにする。七月の直射日光が容赦なく肌を焦がす一方で、浜風が常に吹いているのが救いでもある。海水浴場まで辿り着く。
 海の家がある。せっかくなので、かき氷を食べることにする。ブルーハワイ。向かいのテーブルでは、中学生か高校生らしき四人組がはしゃいでいる。BGMは岩崎宏美が流れている。何だか昭和っぽい。 

 バスの発車時刻まで少し時間があったので、震災伝承館を駆け足で見学する。震災発生時刻や、津波到達時で止まったままの時計が生々しい。ここでもスタンプを押す。
 

 灯台前バス停、一三時五一分発。車内で寝てしまう。途中、多くの乗客が乗り降りする、イオンモール小名浜の喧噪で目が覚めた。 
 一四時三六分、泉駅着。特急も停まるという、常磐線の駅だ。駅の海側の外観は、昭和のギャグマンガに出てくるロボットのような独特の構成をしている。周辺にはこれと言ったものは何もない。地元の洋菓子屋が一軒だけ営業中であった。駅から少し歩いた幹線道路沿いに、駐車場とイートインがやたらに広いローソンがある。地方のコンビニで、良く見られる風景だと思う。 駅の反対側は、完全な住宅地のようだ。時間はあるのだが、今日は歩き疲れたので、これ以上探索する気にはならない。 


 この駅でも、駅員を呼んでスタンプを押す。常磐線を跨ぐ駅通路のベンチで休む。周囲には女子中学生らしきグループと、外国人観光客のグループが一組居る。 

 一五時一二分、泉駅発。水戸行きの各駅停車。車内全ての座席がロングシートの、通勤型車輛だ。 
 常磐線のこの区間は、太平洋側の車窓が魅力的だと聞いていたが、ここでも寝落ちしてしまう。最も美しいと言われる、日立駅前後の車窓を見逃す。

  

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