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屋久島 尾之間温泉

よく銭湯・温泉に行く。いい温泉というと、泉質とかお風呂の種類とか自然が見えるとか、それはまあいろいろな評価軸があると思うけれど、記憶に残るという点では屋久島の尾之間温泉がぶっちぎりだ。

2021年の夏休み。プロジェクトの合間の2週間の休暇で屋久島を訪れた。赤縄(朝日に照らされた縄文杉)を拝んだその日の午後、ペンションのオーナーに送ってもらって尾之間温泉に行った。歩いても行けなくはない距離だったが、天気が変わりやすい屋久島特有の土砂降りで、ご厚意に甘えて送ってもらった。

温泉というと、綺麗に整備されたところを思い浮かべるけど、尾之間温泉は「お湯が沸いているところに建物を立てた」ような、その辺の銭湯よりよっぽどワイルドかつローカルな温泉だった。建物に入ると、暗めの廊下があり、地元っぽい匂いがする。(地元っぽい匂いってなんだよ、とツッコみたくなるが、そうとしか表現できない。)おじいさんが受付に座っていて、テレビを見ている。居間みたいなところには猫がいた。脱衣所も簡素なもので、地元の子どもがしゃべっている。

浴室には中くらいの湯船と、シャワーがポツポツとあるだけ。特筆すべきは、「湯船のお湯で体を洗い流す」ということだ。だから、尾之間温泉には洗い場がない。湯船の周りが、肌触りのいいタイルになっていて、直接座って体を洗い湯船のお湯を汲んで洗い流すのだ。衝撃だった、こんな温泉があるなんて。おじいさんが、湯船のすぐ横で体を洗ったり髭を剃ったりして、湯船から直接お湯をとって流しているのだ。

そして、湯船自体もだいぶ変わっているのだ。熱い・深い・痛いと3拍子揃っている。熱い、というのは入った瞬間わかるが、49度もあるらしい。49度の温泉は初めてだ。しかも、深さが腰の上くらいまであって、小学生が入るには少し怖いくらい。最後に、湯船の床には丸い石が敷き詰められていて、触ると動くのだ。石が固定されてないタイプのお風呂は初めてだった。小窓からは、雨が降り続いているのが見えた。熱すぎるお風呂にぼちぼち入りつつ、タイルの上で登山で疲れた体をほぐした。僕の他には観光客っぽい渋めの人と、地元のおじいさんが何人かいた。渋めの人は、タイルの上でぼーっとしていた。

浴室を出て、居間に出ると、ちょうど白鵬の最後の取り組みがやっていた。白鵬と照ノ富士が向かい合う気迫が伝わってくる。居間はシーンとしていた。どっ、と両者が動き、白鵬が強烈に肘を打ち付け、強烈な張り手を打ち合った。居間にいた地元の人も、僕も、受付のおじいちゃんも、みんなが取り組みを見て、一つになってどよめいていた。白鵬が照ノ富士を地面に叩きつけて、ガッツボーズをした。すごい取り組みだ、という人もいれば、あんなのはだめだ、という人もいた。僕はこんなに勝利への執念を感じさせてくれる戦いを相撲に限らず初めて見たし、強烈さに体が打ち震えた。

廊下を出たところで申し訳程度に写真を撮った。少し後ろめたい気もした。外はまだ、雨が降っていた。

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