雪国の世界2(新聞編)

2000年3月15日公開。エッセイじゃないけれど。



オリジナル(川端康成さん)

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
 向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。雪の冷気が流れ込んだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん」
 明かりをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。
 もうそんな寒さかと島村は外を眺めると、鉄道の官舎らしいバラックが山裾に寒々と散らばっているだけで、雪の色はそこまで行かぬうちに闇に呑まれていた。
「駅長さん、私です、御機嫌よろしゅうございます」
「ああ、葉子さんじゃないか。お帰りかい。また寒くなったよ」
(後略)

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天声人語風

 東京都の島村さんは、国境の長いトンネルを抜けるといきなり雪国に出て驚いたという。「まるで夜の底が白くなったようでした」というが、「その驚きが旅の楽しみなんですよ」と付け加えることも忘れない▼島村さんは仕事を離れて雪国の温泉地へ向かうところだったという。曇った列車の窓ガラスをぬぐって、向かい側の座席に座る女性を盗み見る様子や、「左手の人差し指が覚えているんですよ」と知り合いの芸者さんの名前をあげるところなどは、なかなかの艶福家らしい▼しかし雪国にあふれるのは旅情ばかりではない。おりしも12月は大雪の季節である。先日もベテランの登山家が雪庇を踏みぬいて滑落するという事故があった。また、ニュージーランドの青年たちがスノーボードで立入禁止区域に入り込み、吹雪に巻き込まれて遭難したというニュースも記憶に新しい▼「それがね、火事に巻き込まれたんですよ」と島村さんも語る。幸いけが人はなかったということだが、遠方への旅行においては旅情を楽しむだけでなく安全にも気をつけたい。それこそが家族への一番の土産だろう。

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政治面風

島村幹事長地元入り 不倫問題には触れず

 与党の島村幹事長は15日夜、地元選挙区である新潟第○区へ戻り、翌朝地元のホテルで政局報告の演説会を行った。演説会では、前夜の列車内での出来事を語るとともに、この新設路線の開通に当たって自らの功績を強調することも忘れず、次期総選挙をかなり意識していることをうかがわせた。
 前夜の列車では長いトンネルを抜けると急に雪国が現れたという話をしながら、故郷の雪景色と越後美人の美しさをたたえて参加者の郷土愛をくすぐった。続けて、自らの選挙区にとって雪国固有の降雪対策や整備新幹線の導入は悲願であるとして、自らの努力を約束した。
 演説後の記者会見では、それら地元利益誘導型の政治手法に疑問が投げかけられたが、島村幹事長は「ここの選挙民の方々によって国会の場へ送り出されておるわけですから」と意に介する様子も見せず、尊敬する政治家の第一として同じく新潟出身である田中角栄の名を挙げた。しかし、最後に一人の記者が、来週発売の写真週刊誌で報じられるという地元の芸者との不倫問題について質問すると、突然声を荒げて会見を打ち切ったのは、地元の支持者にとっても少々よくない印象を残したといえよう。

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読者の声風

暖房中の列車 窓開けられて閉口

 先日、久しぶりに夜行列車を利用して旅行した。そのおり、国境の長いトンネルを抜けて雪国へ出たのだが、もう夜も更けていたせいで、夜の底が白くなったように感じた。これから温泉に向かうというときには最高の雰囲気である。
 しかし、信号所に汽車が止まったとき、向側の座席の女性がつと席を立って、ひと言のことわりもなく、急に私のそばの窓を開けたのである。暖房のきいた車内にさあっと夜の冷気が流れ込んで、私は震えあがった。
 どうやらその女性は駅長の知り合いらしく、こちらが「暖房中ですよ」と注意しても見向きもしない。
 近ごろの若い人たちのマナーがなっていないとはよく聞く。中でも電車内のマナーについては、優先座席に足を広げて座る、ところ構わず携帯電話で話す、座席の下をゴミだらけにするなど、その醜悪さは目を覆うばかりだが、ここまでとは思わなかった。こちらが寒いと言っているのに無視するとは、相手が痛がっているのに踏んだ足をそのままにしておくようなものではないだろうか。
 私はせっかくの旅情に水を浴びせられるように思った。東京からの旅行者ならいざ知らず、地元の若者がこの調子では、温泉宿のサービスにも昔日の温かさなど望むべくもなさそうである。
 ゆとりの教育も総合的な学習も結構だが、まだ若者になる前の子どもたちには、学校教育の場でぜひとも社会的な最低限の礼儀を教えることを考えるべきではないだろうか。

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家庭面(主婦の投稿エッセイ)風

雪国は遠きにありて

 「まあ、なんていうこと」
 私は汽車の窓に額を押しつけるようにして外を見た。国境の長いトンネルを抜けると一面の雪景色が広がっていたのだ。もう夜も更けていたが、夜の底が白くなったような気がして、眠気もふっ飛んでしまった。
 今回は義父の七回忌の法要をかねての旅行となった。会社や学校のある主人と子どもたちを置いて、私一人で先に、主人の実家で営むという法要の手伝いにやって来た。
 主人の実家は新潟の温泉地に古くからあり、法事にはたくさんの親類が集まる。今回も総勢六十人を超えるという。そして、その全員の食事や身の回りの世話を、私も含めて数人の「嫁」が受け持つのだ。東京で暮らしているとそんな実感はまったくないけれど、新潟へやって来るたびに私はここの人々にとって「嫁」でしかないのだということを痛感する。お義母さんも親戚の人たちも、本当に純粋で気さくで、気を使うこともなく楽しく過ごせるのはありがたいのだが、私は主人の嫁としか見てもらえない。
 肝心の法事はこれからなのに、なんだかつらいような感じがしてため息をついた。やっぱり、雪国は主人の田舎として、心の中に置いておくのが一番のような気がする。
 鉄道の官舎らしきバラックが雪の中に散らばっているのを眺めて、私はそんなことを思った。

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社会面風

湯沢温泉の放火 自称作家を逮捕

 新潟県湯沢温泉の繭倉を住居に改造した建物が不審火によって全焼した事件で、新潟県警は15日、東京都文京区の著述業島村義男容疑者(33)を、現住建造物放火の疑いで逮捕した。
 調べでは、島村容疑者は12月12日午後9時ごろ、交際中の女性(26)の住むこの建物の入口脇に積み上げてあった段ボールに放火し、建物を全焼させた疑い。
 島村容疑者は、今月8日夜より新潟へ観光に訪れていたが、10日から11日にかけて同宿していたこの女性と口論になり、「別れ話がこじれてむしゃくしていた」という動機とともに、容疑を大筋で認めている。また、島村容疑者は所持品の手帳に、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった」と、犯行をにおわせるメモを残していた。
 県警は、この女性の交友関係と目撃情報をもとに犯人の特定にいたったとしているが、決め手となった証言を寄せた女性は、島村容疑者が新潟入りした際、同じ列車に乗り合わせており、「車内の窓に映る私を見る目つきに不快な印象があったので、建物の裏で見かけたときもすぐに気づいた」と話している。

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