こんな始まり。

「お膳立て」の前日譚。


「あ、母さん?おれ…あぁ、うん、元気元気。
あのさぁ、今日俺ん家に来たりしてないよね?」

20時少し前。
男一人暮らしのワンルーム、
ほとんど帰ってきて寝るだけの部屋だ。
わりと片付いてる、と思う。

部屋の真ん中にある小さなテーブルに
ご飯とおかずが用意されており
そのすぐ横に立って電話をかけている。

「あ?いやいや、なんか、そんな感じがしただけ。
そうだよな、おかしいよなー、ははっ。
大丈夫大丈夫、なんか、そんな感じがしただけ。
疲れてんのかな?」

無駄に心配をかけたくないから
母さんには詳細を伏せる。
滅多に連絡しない息子の心配と
それ以外の質問をしたそうだったので
適当にごまかして電話を切る。

そもそも母はこの部屋の鍵を持っていない。
残念ながら俺には飯を作ってくれる彼女もいない。

…コレ、何?

置き場所に困って床に置いた
コンビニの袋が俺を見上げている。
空腹はどこかに行ってしまった。


ほどなくして警察がやってきた。

「盗られた物はないですか?」と聞かれたので
「はい、たぶん、部屋も…その、コレ以外は
朝出た時のままです」
と視線を一瞬テーブルにやり答えたのだが
「まぁ、おかしいなと思った時点で
部屋に入らない方が良いんですけどね、安全の為に」
と気遣ってるのか注意されてるのか
わからない言葉が返ってきた。
んなこと言われたって。

まぁ…確かに…
ベランダに隠れてるって可能性もあったわけだが
唯一の窓はしっかりと施錠されていた。

「とりあえず指紋取らせてもらって、
玄関ホールなんかの防犯カメラもチェックしますけど」
おまわりさんは慣れた現場なんだろうなぁ。
あまり期待はしないでねってオーラを感じる。
空き巣被害なんて腐るほどあるんだろう。
「本当に、心当たりはないんですか?」
「ないです」

部屋は荒らされてない、
ただ見た目が美味しそうな物が
テーブルに並べられているだけ…
別れた女が…とか思われてんだろうなぁ…

「この部屋に越してきてから
人を呼んだ事ないですし」
自ら寂しい告白をしてしまって
小さな部屋は哀しみと同情の空気で満たされた。

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