短編小説「メロエロエロメロメロメロエ」
一、少女漫画
あたしはこの日の為に生まれて来たんだ。
井川さんと出逢う為に生まれてきたんだ。
井川さんをテレビで観たのは17歳の頃
深夜のテレビ番組でスポーツ選手の特集をしていた。
新人選手を紹介するコーナーのたった2分の出来事。
そこで紹介されている5個上の井川さんにあたしがテレビ越しに恋をした。
プレーがカッコいいのに、インタビューに答えたときのくしゃっと笑う笑顔がたまらなく可愛かった。
井川さんを好きになったあたしは、その当時岩手のほうに住んでいたので
井川さんがいる九州のほうに試合を観に行くことは難しかった。
それでも好きな気持ちを伝えたくてファンレターを書いた。
今、思えば恥ずかしい内容だったと思う。
井川さんがどれだけ好きかという想いと、自分の連絡先とプリクラ、返信用の手紙をそえた。
その手紙は忘れた頃に、ちゃんとあたしのもとへと戻って来た。
井川さんはちゃんとファンレターの返信をくれたのだ。
それが当時のあたしは嬉しく嬉しく、その手紙を抱きしめて眠ったくらいだった。
高校生だったあたしは、どうすれば井川さんに出逢えるんだろうってない頭で考えた。
芸能人? あまり興味がない。
アナウンサー? 頭が良くないとできない。
サッカー関係の仕事? よくワカンナイ。
結局、井川さんと出逢いたいと思いながらも、自分の夢ってものも見つからずに時はすぎ、気づけばあれから10年が経っていた。
17歳だったあたしは27歳になり、井川さんももう立派な実力派のサッカー選手になっていた。
あたしは東京の大学に行ったままずっと東京にいた。
何年かまえに井川さんが移籍して、東京のほうでサッカーをしていることは知っていた。
そのときも勝手に運命だと思ったけど特に出逢うことはなかった。
私はこの10年で色々な恋をしてきたけど、心のどこかでずっと井川さんを忘れられずにいた。
でも未だに出逢い方なんて分からないままで
そんなとき神様はあたしにそっと微笑んでくれたんだ。
二、今夜は正気の沙汰じゃない
27歳になってあたしは中目黒のカフェバーで働いていた。
昼はカフェ、夜はカジュアルなバー。
理由はお酒が好きなことと、たまに芸能人がお忍びでくるのを見れるところくらいだろう。
バイトで入ってそろそろ3年目。 色々と仕事も任されるようになった。
今日も2015年最後だって言うのに、お店は関係なく営業している。
飲食だししょうがないって言ったらそれまでだけど。
思ったよりも今日はお客さんが少ない。マスターとホールの後輩くんと楽しく話しをしながら仕事をしていた。
20時越えたくらいだっただろうか。
お店の入り口から「チロリーン」とチャイムが鳴ったので、「いらっしゃいませー」といつも通りにお客さんに向けて声をかけた。
一瞬、時が止まったように思えた。
自分がどんな顔をしているのかさえ分からないくらいに。
そこにはあの、井川さんがいたから。
あたしは口をぽっかり開けたまま井川さんとただ見つめてしまった。
きっと知ってるってバレたに違いない、そう焦ったあたしは平常心を取り戻そうと焦って「何名ですか?」と聞いた。
井川さんがあたしに目を合わせている。
それだけの事実であたしの胸はおかしくなりそうだった
「あ、3名」と指で3人と軽くジェスチャーをし、テレビでも見せるような笑顔を向けた。
あたしは動揺したまま席を案内する。
頭のなかは混乱でいっぱいだ。
井川さんとお連れの女性一人、男性一人を連れて席に案内した。
緊張した状態でメニューを渡し注文を聞く。
井川さんが目の前にいる。
しかも、煙草を吸う仕草がたまらなく素敵。
煙草の銘柄はラッキーストライクなんだ。 あ、灰皿を渡さなきゃ。
きっとあの時から井川さんの目にあたしは変な女に見えていたんだろう。
灰皿を差し出したあたしに素敵な笑顔を返してくれた。
「お、お、お飲物お決まりでしたら先に・・・」
井川さんが他の友達二人にメニューを見せて
「じゃ生2つとジントニックひとつで」とまた笑顔で返してくれた。
あたしは気が動転したまま、そのままカウンターまで戻りマスターにこの全てを話した。
マスターはあたしの話を面白がっている
「そういえば、見たことあるかも!俺、あんまりサッカー詳しくないけど」
聞こえないような小さな声で子供のように騒ぐ
「サッカー知ってる人だったら、本当に有名なんですよ!!どうしよう、ずっとずっと出逢いたかったんだもん!!」
「あとでファンなんですって言って、サインでももらえばいいよ。他の人にバレないようにさ。」
「え!!そんなことできるかな〜。でもせっかく会えたのに、、、」
「ほら、ドリンク持って行って〜」
マスターにドリンクを渡されると、あたしはひと呼吸置いて井川さんのテーブルまで飲み物を運びに行く。
「お待たせしました。生ビール2つにジントニックです。」
「ありがとー。」
ドリンクを置きに行っただけで大冒険から帰ってきた気持ちだ。
2015年、大して良いこともなかったけどきっと今日井川さんに会えるためだったならとっても良い一年の終わりだと心から思えた。
その後も何回かドリンクやフードを井川さんの席は頼み、あたしも少し緊張がほぐれて軽く話をされたら冗談を返せるくらいになれた。
まさか、こんな気軽に井川さんと接触できる日がくるなんて思ってなかったから。
カウンターで洗いものをしていると、横のトイレに入っていた井川さんが見えた。
このチャンス、逃してはならない。
とりあえず実はファンなんですってことを伝えて、あわよくばサインを書いてもらおう。
お店用とか嘘ついてでもいいから。 それが大丈夫だったら携帯で写真を一緒に撮ってもらおう。
でも、そんな全部急に伝えても引かれたらどうしよう。。。
井川さんがトイレが出てくる数分のうちに、あたしはあらゆることを考えていた。
井川さんがトイレから出てきたとき、勇気をだして声をかけた。
「あ!あの!!ちょっとだけいいですか?」
井川さんが一瞬びっくりした顔をしたけど、なんとなく察知していたのか優しい対応をしてくれた。
井川さんも酔っぱらってるせいかちょっと陽気だ。「なんですか??」
「実は、昔からファンで、、10年前にもお手紙を出したことがって、、その時、返信までしてもらえてとっても嬉しくて、、
それで今日は井川さんにお会いできて本当に嬉しくて、、良かったらサインとかお願いできませんか?」
いつもよりよそゆきな声でお伺いを立てるような言い方で井川さんにお願いをした。
すると井川さんが軽く承諾をしくれた。
「それは嬉しいな〜 こんなところで会えるなんて。サインなんかで良かったら是非!!」
笑顔が可愛い。
「あ、ありがとうございます!!あの、お店でいつも書いてもらってる色紙なんですけど、、こちらにお願いできますか?」
「いいよ〜 名前は、、、」井川さんがあたしのネームバッチを探した
「千春です!!」元気いっぱいの小学生のように答える
「千の春って書く?」マジックでさらさら〜とサインを書く。
「はい、それで大丈夫です。」井川さんからサインをもらえて大満足だ。
「千春ちゃんはいくつ?」
「あ、もう良い年で27歳です。」
「もっと若いと思った!!可愛いね。」
「そんな!!ありがとうございます。。」
「ラインID教えてよ」
「・・・・え!!!」
会話の流れのなかで、井川さんが自然にそんなことを言ってきたから正直と惑ってしまった。
ラインIDってお店のラインアカウントじゃないよね?あたしの個人的なラインIDだよね?!
戸惑うあたしに井川さんが気づいたのか、自分のラインIDを伝えてきた。
「俺のID簡単だから覚えておいて。あとで連絡ちょーだい。」
そう言うと、何もなかったかのように友達の待つ席に戻って行った。
友達にはサイン頼まれたんだーとさわやかに話している声が聞こえる。
あたしはさっき井川さんが教えてもらったラインIDを忘れないように頭のなかで何回も何回も繰り返して、すぐにペーパーナプキンにサインを書いてもらったマジックペンで殴り書いた。
サインもらえて良かったねっと笑うマスターに、連絡先のことまでは言えなかった。
多分、それはあたしは本気だから。
井川さんがモテるのは昔から知っていたし、女関係でかなり噂が立っているのもネットで知っていた。
しかも井川さんは去年、結婚したことも知っていた。
だから井川さんに出逢えたことは本当に嬉しかったし、連絡先を教えてもらえたこともこんなに幸せなことはないって思いながら
心のどこかで本当に連絡をしていいのだろうかと洗い物をしながら考えていた。
三、感情異常上等よ
今日もバーは朝まで営業する。深夜のスタッフが22時から入ってきた。
まだ井川さんたちは楽しそうに呑んでいる。
あたしは井川さんに連絡先を渡されてから仕事に集中できないでいた。
あたしは23時までのシフトだからそろそろあがる。
とりあえず、今日のところは真直ぐ家に帰ろう。
連絡するかしないかは少し考えよう。
こんな大晦日に舞い上がってる連絡するものじゃない。
きっと酔ってるからその流れで連絡先を教えてくれただけだ。
ひとりそう決心をしたとき、井川さんがいる席から呼ばれた。
注文だろうと営業スマイルを用意して行くと
井川さんが「千春ちゃん、なんか呑みなよ。」そうフレンドリーにメニューを見せてきた。
お客さんからお酒を勧められたら、快くいただくのが当たり前だし
何よりも井川さんにそんなことを言われたら、変なテンションになり
「ありがとうございます!では生いただきます!」とまた元気な声を出してしまった。
井川さんの友達の二人が恋人同士なのかとても仲良さそうに見える。
井川さんは大晦日なのに奥さんのところに帰らなくていいのかな?そんなことを思いながら、自分でついだビールを井川さんのテーブルまで持って行って乾杯をさせてもらった。
正直、あたしの心は浮かれていた。
そりゃそうだ。
10年越しに好きだった人が目の前にいるんだもの。
浮かれないわけがない。
空きっ腹にビールを呑んでしまったせいか、一杯でぐらんと酔っぱらってしまった。
23時になり、今年もあと1時間というところ。
あたしのシフトも終わる時間だったので、最後に井川さんの席まで挨拶しに行った。
「私、そろそろ終わりなんで先に上がります。今日はごちそうさまでした。また是非皆さんでお店遊びに来てください。良いお年を!!」
そう一生懸命作った台詞を、一生懸命な笑顔で3人に伝えた。
井川さんも他の二人も「またくるねー。」って気さくに言ってくれたのでほっとした。
ロッカールームで軽く着替えをして、酔っぱらって熱い体にとりあえずコートを羽織り、マフラーを巻く。
帰り口はお客さんと同じ入り口しかないので、今いる常連のお客さんにも軽く挨拶をしながら横目で井川さんたちの席に目をやった。
すると井川さんと目が合ってしまった。
あたしは思わず目をそらして、そのままお店をでた。
外は中の暖かさとは裏腹にとてつもなく凍りつくような寒さだった。
何だかさっきまでの出来事が夢のような気持ちになって目が覚めたのかなって思えた。
2015年の最後に井川さんに出逢えたこと本当に最高だと思える。
またお店に来てもらいたいし、そこから少しずつお友達みたいな関係になれたらいい。
家に帰ってひとりぼっちで新年を迎えよう。
帰りにカップラーメンのそばでも買って帰ろうかな。
明日は朝に実家に帰ろうと思ってるし今日は早く寝よう。
さっき井川さんに教えてもらったラインIDには送らないでおこう。
連絡をとってしまうのが怖い。
そんなことを思いながら目黒川沿いを家に向かって歩いていると、
後ろから「千春ちゃん!!」という声が聞こえた。
そこには走ってこちらに向かう井川さんがいた。
「どうしたんですか・・・」 びっくりしすぎて思わず近寄ってしまった。
「俺も帰ろうと思ってたから。。」井川さんが少し息を切らして笑う。
「あ、でもお友達も一緒じゃ。。」
「あいつらは付き合ってるから、俺はいないほうがいいんだよ、笑」
そう言うと、あたしの頭をぽんぽんと当たり前のように撫でてきた。
「あ、井川さんてご自宅近いんですか?」
「うーん。タクシーで30分くらい?」
「そ、そうなんですね。。」
「千春ちゃんは?」
「歩いて10分くらいです。。」
「そっか、千春ちゃん今から暇?」
「え!!まぁ、暇ですけど。。」
「じゃ、せっかくだし一緒に年越しする?」
そう言うと井川さんは何だか可愛い笑顔をあたしに向けて、そっと手をつないできた。
なんなんだ、この状況!!
あ、ありえない。。。
井川さんが私の手を握っている!!
しかも手、けっこうごっつい。
この手を振りほどくなんてできないし、振りほどく理由がない。。
何も言えないまま目黒川沿いを二人で歩く。
カウントダウンということで、外にも人はたくさんいるけど
みんな自分たちのことでいっぱいで全くあたしたちのことに気づいてないようだ。
繋がれた手がどんどん力強くなっていく。
180センチある井川さんを見上げるように見つめた。
酔っぱらってるせいか井川さんがあたしを愛おしそうな目で見つめたまま「千春ちゃん、可愛いなぁ。」と言った。
四、略奪愛
あたしの家は池尻大橋のアパートで、なかなかのボロアパート。
このまま井川さんを家に入れるような雰囲気になっていいのだろうか、頭のなかで葛藤していた。
だって、井川さんは結婚しているはずだし。。
あれからも手を繋がれたままだ。
一応、さりげなくそのことを聞こうとしたとき井川さんから普通に話してきた。
「今日大晦日だって言うのに嫁さん実家に帰ってて、俺一人でさ〜
あいつらと一緒にいようとも思ったけど、ほらなんか年越しまで一緒にいてもねー 」
「奥さん、実家に帰ってるんですね〜」
「そう。千春ちゃんの家は真直ぐ?」
井川さんは特に重大ことを話していないようにあたしに質問を続けた。
でも、井川さんは話上手でいつも一人で歩く目黒川沿いが一気に桜が満開になったような気持ちで楽しくなっていった。
この雰囲気はどう考えても家に行く感じだ。
このまま家なんて行ってしまったら、期待してるような期待しちゃいけないようなことが起こるかもしれない。
今までそれなりに恋はしてきたけど、既婚者の男性とそーゆーことになったことはない。
好きになりそうになったら自分ですぐに諦めてきた。
それは自分のなかで一つのルールのなかにあった。
こんなチャンスきっと二度とない。
−奥さんにバレなきゃ大丈夫かな。−
−何言ってんの? たった一回でも不倫は不倫よ。 目を覚ましなさい。−
あたしの中の天使と悪魔が2015年の終わる30分前に喧嘩をはじめた。
さっきから変わらずにずっと繋がれた手。
幸せすぎる。
本当に幸せすぎる。
「あの、このアパートが家なんですけど。。。ボロくてすいません。。」
井川さんの目を見たら、そのまま吸い込まれてしまいそうな気がしてあえて見ないように伝えた。
「・・・・・。」
井川さんが何も言わない。
アパートがボロすぎて引かれてしまったのだろう?
沈黙に耐えられなくなって、ふと井川さんに目をやった。
するとそのタイミングで井川さんがぎゅっとあたしの体を引き寄せた。
「あ、あの・・・・」
それ以上は何も言えなかった。
こんなシチュエーション、本当に存在するなんて!!
やっぱり夢でも見てるのだろうか?これは何かのどっきり?
なんでこんなことがあたしに起きているの?
頭のなかはそんな疑問でパンクしそうだ。
「千春ちゃん、温かいな。」
そう言うと体を寄せ付けたまま、ぽんぽんとまた頭を撫でた。
うお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
こんなこと言われたら惚れてしまう!!!!
そして、寄せられた体のまま井川さんの唇とあたしの唇の距離が3センチくらいになった。
え、この状態で止まっている。
わざと止めている?
これってどーゆーこと? 顔近いし!! これ息さえもでいないよ!!
パニック状態になってるあたしを知っているか井川さんはこの状態で
「キス、していい?」
って小さな声で聞いて来た。
こんな状態で断る理由がないよ。
「。。。。はい」
すっごく嬉しそうな笑顔になった瞬間、
井川さんの唇があたしの唇とひとつになった。
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もう溶けて消えてなくなりたい。。
なんて幸せなんだ。
そのままたしは井川さんにメロメロの骨抜きに合い、そこからはもう理性さえも吹っ飛んでしまった。
家のボロアパートの前で自分が今まで過去にしたことないようばトキメキいっぱいのキスをして、そのまま流れで家の扉をあけた。
そこからは部屋の電気もつけないまま、いつ2016年になったかも分からないままあたしは井川さんと何度もキスをして、何度も抱き合って、何度も変な声をあげた。
こんなに夜って素晴らしいものなんだ。
こんなにエッチで気持ちがいいものなんだ。
あんなに遠くにいた井川さんが今、あたしの目の前にいる。
あんなに夢見ていた井川さんとあたしがキスをして、裸を見せ合って、抱き合ってる。
このまま死んでしまってもいいくらい。
ブルブル・・・・
いつの間にか寝てしまっていたみたいで、井川さんの携帯のバイブで目が覚めた。
携帯の画面には「井川さやか」という文字が並んでいた。
ふと我に帰る。
やば、奥さんだ!!!
一気に目が覚めたような気持ちになったとき、井川さんが寝ぼけ眼でその携帯を見る。
「大丈夫」とくしゃっと笑い、さっきより強く抱きしめてきて体をまさぐりだした。
やばい、この流れ、もう一回やりそうな雰囲気。
本当にこれでいいのかな・・・
でも、、、
きっと、きっと、これで最後。
今日ぐらい神様、あたしを見逃して。
あたしからも勇気をだして自分から強く抱きしめ返して、今度はあたしから井川さんの唇に吸い付くようにキスをした。
あたしがあたしじゃなくなっちゃってるこの状態をどうにもできなくなっていた。
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