短編小説「進撃」


一、堕

いつから眠れなくなったんだろう。 
いつから急に呼吸が苦しくなるようになったんだろう。

気づいたら毎週のようにメンタルクリニックに通って薬をもらうようになっていた。

先生と最近あったイヤな出来事とか、悲しかったことを話して、ちゃんと眠れているかとか苦しくならないかとは聞かれて。

薬の量を増やしたり減らしたり。 

病院の帰り道にぼーっとしながら考える。


−どうしてこなっちゃったの?−


誰のせい? 


あたしのせい? 


あいつのせい?


あたしなんか悪いことした?

大好きだったお酒も薬を呑む関係で控えるようになった。
人と会うのも辛いことが多くて友達と遊ぶことも減った。
部屋の掃除をする気がなくなって部屋が散らかるようになった。
仕事が好きだったはずなのに朝起きれなくなった。

もういい大人なのにどうして当たり前に過ごしていた日々が当たり前じゃなくなったんだろう。


こんなあたし、あたしなんかじゃない。



二、金


あたしは彼氏ができたことがない。 

ずっと好きな人がいた。

1つ上のヒロフミ。

ヒロフミはギャンブルが好きな人で、口癖は「お金がない」ギャンブルに買っても、ギャンブルで負ける。 

最初はそんなヒロフミをただのダメな男としてしか見てなかった。

ヒロフミに5歳上の彼女がいるのは知っていた。
同棲していることも分かってた。

よくヒロフミから彼女の話をされていたから、たまに相談にのってあげたりもした。

ある日、彼女に相談できないことをあたしに相談したいって言ってきた。

二人で安い居酒屋に入って、一杯目のビールを一口呑んだとたんにヒロフミはばつの悪そうな顔で小声で言った。


「ひとみ、本当に申し訳ないんだけど、お金貸してくれない?」

「いやだ。友達だとしてもあんたにお金貸したくない。」

きっぱりとすぐに断ったあたしを見て、ヒロフミが急な悲しそうな表情をした。

「普通、そうだよね。 なんかごめん。わざわざ呼んでおいてこんなこと言い出して。」

「こっちこそ役に立てなくてごめん。お金、あたしじゃなくて彼女から借りればいいんじゃん」

「まぁ、その、、、彼女にもけっこう借りてて、でもそれじゃどうにもやりくりできなくなって・・・・。一万あれば今月なんとか行けるかなと。。」

「え? 一万でいいの?」

お金を貸してほしいって言ってきたくらいだから10万とかもっと高い金額かと思っていた。

だから一万ならすぐに返ってくるだろうし、もし返ってこなくてもまぁいいやって思える金額だった。

「一万あればなんとか。。。。」

何だか年上なのに、頼りなく弱々しい顔をしている。

「分かった。じゃあ一万貸す。返ってこないつもりでいるから。」

「ちゃんと返すから。返すのは来月になると思うけど。。。」

「期待しないでおくよ。ってか、今日ヒロフミから呑み誘っておいてお金あんの?」

「まぁ、それは。とりあえず貸してもられば何とか。。。」

あたしはひとつため息をつく。

「はいはい。今日は奢りますよ。ただ、一万はないからコンビニでおろしていい?」

「はい!本当に助かる!!まじでありがとう!!!」

ヒロフミは深く頭を下げた。


あたしはただ嬉しかった。 ヒロフミに必要とされることが。


たかが一万円でヒロフミとの距離が少しでも近くなれるならそれでいいって軽い気持ちで考えていたんだ。



三、貢


ヒロフミはその翌月にすぐに一万を返してくれた。

この前と同じ安い居酒屋で二人で待ち合わせ。

「こんなに早く返してもらえると思わなかったわー。」

「いや、ほんと助かったわ。ありがとう。」

「ま、ギャンブルはやるもんじゃないよ。」

「分かってる分かってる。だけどこの前もパチンコでもう少しで出そうでさ。結局あれで勝てたから今返せたし。」

聞いて呆れた。 貸した金でパチンコって。。

「人の貸したお金でパチンコしてたの?それっておかしいでしょ。」

「いや、実はもうちょっとあの時はお金が必要だったんだよ。でも、そんなのお前に言えないから一万で勝負に出たら、見事に勝ったんだよ。ほんとにあれはいい勝ちっぷりだったな。」

すごい無邪気な子どものように笑った。

ヒロフミはとってもいいヤツなんだけど、ギャンブルに関しての金銭感覚がずれていた。 
普通だったらそんなヤツに惚れないはずなのに、あたしはヒロフミが好きで好きでたまらなかった。

きっとヒロフミもあたしに好かれているのを分かっているから、お金を貸してと言ってきたんだろう。

あたしは二人で秘密で会ってる感覚がたまらなく心地よかった。

彼女が助けてあげられないことをあたしが助けてあげている感覚。

それからヒロフミは何かにつけて、お金を貸してというようになった。
金額はいつも一万円だった。 

貯金なんてなかったけど、一万程度ならって思ってしまっていたけど会うたび会うたび毎回一万を貸すようになっていって気づけばそれが10万を越していた。

途中であたしもこれはいけないって思った。


ヒロフミと二人で会ってご飯を食べてっていう時間は楽しい。
だけど、いつの間にかそこにはお金を貸すっていうルールみたいなものがついていた。

お金を貸してと言われなくても、なんとなく自分から「お金大丈夫なの?」って聞いてしまっていた。

するとヒロフミは「んー、まぁ、なんとかやれなくはないかな。」ってちょっと微妙な返答をするもんだから「それなら一万だけね。」って言って自分から貸してしまうようになった。


自分が好きでお金を貸している。 
だけどうちらはただの友達。

手をつないだことさえも、キスをしたことさえもないただの友達。


こんなにお金を貸しているのにどうしてヒロフミはあたしのものじゃないんだろうって気持ちに変わって行った。

貸した金額が11万円めになったとき、居酒屋の帰り道に酔っぱらった勢いでヒロフミに言った。

「ヒロフミ、、、お金貸してあげるからさ。チューしてよ。」

「ん? どうしたの急に。」

「いや、なんか。ごめん。。今の忘れて」

自分の言葉が急にイヤな気持ちになってすぐに否定した。だけど、ヒロフミは逆に謝って来た。

「ごめん。お前の気持ち分かってて。気づかないふりして。。金ばっか借りて本当にごめん。。」

そう言うと、あたしがずっと欲しかったキスを当たり前かのようにしてきた。

「別にお前にキスしてって言われたからしたわけじゃないから。」ってボソっというと背を向け駅のほうへ歩きだした。

あたしがずーっと欲しかったヒロフミからのキスに嬉しさがこみ上げる反面、すごいがっかりした。

キスされて嬉しいはずなのに、愛のないキスをされただけ。


あたし、本当はもっとヒロフミに愛されたいんだ。


ヒロフミの彼女になりたいんだって。



四、病


あたしとヒロフミの関係はいつからか体で繋がるようになった。

ヒロフミに会いたいと連絡をすると、ヒロフミは「ほんとごめん、金貸して」と言ってくる。


ヒロフミに会いたいからお金を貸す。 でも会うだけじゃ満たされないから、ヒロフミをホテルに誘う。「あたしがお金ぜんぶ出すから。」それがヒロフミの前で口癖になっていった。

体で繋がるようになってから、自分のしていることが虚しいことに気づいた。

この虚しさはなんなんだろう。ヒロフミは愛してるふりをしてくれてる。
ひとつになってるとき、確実にあたしの目の前であたしにしか見せない顔で気持ち良さそうにしている。 それだけで最初は幸せだったはずなのに。。。

やっぱり、お金なんかない状態でヒロフミと会いたい。

普通に彼女になりたい。 


1年後、貸してるお金が50万になったときベッドの上でヒロフミに言った。


「ヒロフミの彼女になりたい。」


しばらく黙ったまま、煙草を吸って「それは難しいや。彼女にもたくさん助けてもらってるし、別れるのは・・・」と言葉を濁した。


その日から、ヒロフミに連絡しても返信がこなくなった。

何度電話をかけても出ない。 メールをしても返ってこない。


反応がないことに嫌気がさして、非通知でかけたり、公衆電話を使ったりしたけど出てはくれなかった。


「彼女にして」って言った言葉がそんなにいけなかったの?

だって普通じゃない!! 

お金だってあんなに貸したのに・・・・

あたしがいけなかったの?


何か反応してよ。


何か答えてよ。


どうして無視するの?


あたしはいつの間にか自分のなかの何かが壊れてしまった。


夜は眠れなくなり、睡眠薬を飲んで眠りについてもヒロフミの夢ばかりを見た。

一人ぼっちでいることの辛さに耐えられなくなって息が苦しくなった。


ヒロフミはあたしのことを嫌いになってしまったんだ。


別にお金を返してほしいわけじゃない。

ただ、ちゃんと好きになってもらいたかっただけ。

それだけなのに。。。


ヒロフミと最後に会ったのが4年前の2月29日。

あの日、最後になるなんて思わずにいつもどーりのセックスをした。

あれから4年経った今でも、ヒロフミのことが忘れられない。

連絡をとろうと何度か頑張ってみたけど、ヒロフミは完全にあたしを避けていた。



そして4年後の2月29日。


あたしは自分のなかでけじめをつけたくなった。

ヒロフミが心のどこかに今もいる。

そのせいで前に進めない。


いろんな友達を通じて、ヒロフミが今住んでいる家の住所を突き止めた。


会ってどうするのか分からない。 だけど会わないと終わらない。


今、ヒロフミが住んでいるはずのマンションの前にいる。





【お知らせ】

3月14日 「HのつぎはI」それぞれの短編小説のラストシーンを綴ります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?