短編小説「恋せよ、破天荒」
一、クリスマスイブ
12月24日、世間でいうクリスマスイブだ。
みのりは朝からせっせと働いていた。 31歳、彼氏あり。
彼氏のカケルは、売れない舞台役者をしながら気まぐれにバイトをする生活。1年くらい前にみのりの家に転がり込んできた。
みのりも実は同じ劇団にいた。 ただ、みのりは自分にそこまで役者としての才能がないことを感じていたので、30歳を目処に潔く役者の世界をあきらめた。
カケルは4歳年下だが、同じ劇団のなかでもいい芝居をする役者で、何よりもいつも夢を強く持っている人だった。みのりはそんなところに惹かれて付き合いだした。
みのりが叶えられなかった役者の夢をカケルが叶えてくれれば、それで良かった。
そのためなら、みのりはカケルが舞台で忙しくて働けなくても一生懸命みのりが働いてサポートをした。
一緒に住みだしてからカケルはみのりに感謝をしつつも、家賃を払うことは一度もなくいつもみのりから生活費をもらっていた。
すべてはみのりはカケルの夢の為だと思っていた。
今日も渋谷のカフェで4時半に起きて、朝の6時からバイトをしていた。
クリスマスのせいだからか、人が足りないと言われ朝の6時から夜の7時までというありえないシフトを組まされていた。
ただ、こんなことは一ヶ月のうちに何度かある。
毎月の家賃、生活費、カケルへのお小遣いを考えるとお金なんていくらあっても足りない。
バイトの昼休憩が終わり、もう一仕事頑張ろうと思ったとき女店長から声をかけられた。
「佐々木さん、今日あたしいられるからもう大丈夫よ。」
店長はたまに人件費の削減か、自分がいるときは急にシフトを削ってくることがある。
「店長、でも大丈夫ですか?私、普通に夜の7時まで出れますけど。。」
「うん、あたし今日は大丈夫だから。明日も1日ここでしょ?今日くらい、クリスマスだし休んで〜」
店長にそこまで言われてしまうと、頷くことしかできないのでみのりは甘えて12時でバイトを切り上げることになった。
昼の12時過ぎに渋谷の街に放り出されてしまったみのり。
さすがに、今日ばかりは昼の平日だと言うのにこの街もクリスマス色で溢れる。 どこからともなく聴こえてくるクリスマスソング。お店のなかに入ればプレゼントを買う人たちの列。
今夜はカケルは20時から芝居の稽古が入ってると聞いていたので会えないと思っていた。
だけど、今から帰れば稽古前にかけるとちょっとしたクリスマスをお祝いできる。
みのりは急ぎ足でロフトに駆け込んだ。お目当ては時計コーナー。
カケルが前から欲しがっていた腕時計を奮発して、クレジットのリボ払いで買った。カケルが喜んでくれる顔がすぐに浮かんだ。
その後にスクランブル交差点にあるコージーコーナーで彼の好きなチョコレートケーキを買い家路に急いだ。
みのりの家は渋谷から電車ですぐの井の頭線にある駒場東大前。
みのりが役者をやっていた頃に下北沢で近い場所を探していてこの場所に決めた。
駅からはちょっと歩くが、立地が良いので問題なかった。
カケルはまだ寝ているだろうか。今日も朝まで稽古だったのですれ違いだったので会ってない。
みのりはアパートの階段をテンポ良くのぼる。
一番奥の105号室。
いつもどおり、鍵をあけようとすると中のチェーンがかかっていた。
二、 疑惑
チェーンをつけることはたまにある。 だけど、それはみのりが家に一人でいるときくらいだ。 かけるが一人でいるときに、チェーンをかけることなんてない。
チェーンを開けられるギリギリの10センチほどの隙間から部屋を覗いてみる。
カケルが起きているような気配もしないし、電気もついていない。
ここから見えるのは、閉まった6畳の部屋の扉だけ。
みのりは、チェーンの隙間から「カケル~?」と声をかけた。
「カケル~?起きてー。」
みのりは少し強めの声で隙間から声をかける。
全く反応がない。
みのりは携帯を取り出して、カケルに電話をかけてみることにした。
すると「ピピピピ♩ピピピピ♩」
いつものカケルの着信音が扉の向こうから聴こえた。
ただ、急に「ピっ」と電話を切られた。
すると、扉の閉まった部屋のほうから、「ガザ」と物音が聞こえた。
カケルがやっと起きてくれた。 みのりはほっとした。
「カケル〜?早くチェーン開けて!! 寒いから早く!!」
みのりは大きな声でカケルに向かって声をあげた。
それでも、全くカケルが出てこない。
何か様子がおかしいと思い玄関を見下ろす。
すると、そこには見慣れない女のブーツがきれいにそろえて置いてあった。
一瞬で、何が起きてるのかは分かった。
胸騒ぎの鼓動がどんどん大きくなっていく。
扉の向こうでひそひそとカケルが誰かと話す声が聴こえる。
どう考えても、女がこの部屋にいるのは確かだ。
みのりは一気に頭に血が巡りだして、今にも感情がちぎれそうな気持ちになった。
落ち着け、落ち着け、みのりは苦しくなる胸を押さえながら、勇気をだして震える声をいかにも震えてないようにした。
「カケルー、ちょっと出て来てー!」ともう一度ドアの隙間から声をかける。
すると、部屋のドアをおそるおそる開けて、カケルが何とも言えない表情ででてきた。
しかし、部屋のドアはすぐにしめた。
「…。」
「カケル、ねぇ、開けてよ。」
「ごめんなさい。。」カケルは怒られた子供のような表情をしている。
「は?とりあえず、チェーンはずしなよ。」みのりも急にイラつきだして強い言葉で言い返す。
「ごめんなさい。。」それでもカケルはそれしか言わない。
「ごめんなさいじゃなくて、はずしてって!」みのりは声をあらげるような言い方になっていく。
「ちょっと待ってもらえない?」カケルが不気味な笑みを浮かべる。
「なんで待たなきゃいけないのよ。ここ、あたしの家でしょ?」
「そうなんだけど。。」
「誰かいるの?」
「まぁ。。」
「誰がいるの?」
「友達。。」
「友達いれるのはべつにいいけど、じゃあここ開けてよ。」
「あのー。。ごめんなさい。。ちょっと、外で話せない?」
「は?いや、だから、開けなさいよ!!」みのりが大声で叫んだ。
「だから、外で話せないかって言ってんじゃん!!」急にカケルも逆ギレしだした。
カケルが怒鳴ることなんて滅多にないので、びくっとした。
一気に涙があふれだす。
「ごめん、本当にごめん。今この部屋にいる友達は悪くないから、友達に迷惑かけたくないから、ちょっと外で話せる?」
何を言ってるか分からなかった。どーして、そーなるんだ。この家はあたしの家だ。あたしが毎月お金を払っている家だ。
立ちすくんだまま、10分くらいが経過した。
カケルはため息をもらすように、チェーンをあけた。
ただ、開けた瞬間にサンダルをはいて、すぐに玄関の外に出てきた。
「なにしてんの?開けてよ。家に入れなさいよ。」みのりは泣くのをやめて、強気な声で責める。
「ちょっと話聞いてくれる?」カケルは部屋から出て来たスエットで寒そうに腕をさすっている。
「話ってなに?」 もう、女が部屋にいるのは分かっている。
「ここじゃちょっと。」それでも、カケルは引き下がらない。
「女でしょ。」 みのりがしびれをきらして、そう問いつめた。
「まぁ。。」 カケルが申し訳なさそうな顔をする。
「また、浮気?」
そう、みのりは今までもカケルが浮気をしていることを知っている。そのたび、カケルは浮気がバレていた。 だけど今回のようなケースは初めてだった。 自分の家に女を連れてくるようなことは。
「いや、まぁ」 カケルが何も言えない顔をする。
「なんで、そーやって。。」
「ごめん。。」
「その女と話させてよ。」カケルの目を睨んだ。
「だから、彼女は悪くないんだよ。家に入れるまで、おまえと一緒に住んでるの言ってなかった。」
「あんた、さいてー」ため息しか出てこない。
「だから、彼女はその、知らなかったから。。」
「ちょっと話しさせなさいよ。」
「いや、みのりのものは全部隠してたから、ばれてなくて。。」
それを聞いて、もう我慢できなくなった。
みのりは無理やりドアをあけようとする、それをカケルが阻止しようとしたとき・・
「きゃっ!!」
アパートの外から、女の子の声が聴こえた。
三、逃げる女
カケルの表情で、その声がさっきまで部屋にいた女なんだと分かった。
まさか二階のベランダから逃げた?
みのりはすかさず、二階の階段に向かって走り出した。
階段をものすごい音を出して降りる。
「みのり!!」後ろから、かけるの声が聴こえたけど無視した。
その女を追いかけたところで、どーしたいのか分からなかったけど、とりあえずひと言なんか言ってやりたかった。
階段をおりたところで、アパートの入り口の道路を見渡すと、片足だけ裸足で走り去る女の後ろ姿が見えた。
それはまるで、怪物から逃げるかのような必死な後ろ姿だった。
その女を追いかけようとすると、後ろからカケルに強い力で止められて、手を離そうともがいてると、女が一瞬振り返った。
一瞬だったが、その女は髪がボサボサで素っぴんだったけど、可愛い顔をした女の子だった。
女は少し戸惑いながらも逃げるように次の角を曲がっていた。
追いかけようするみのりを一生懸命に止めるカケルがあまりにも情けなさ過ぎてみのりはいつのまにか道の真ん中でしゃがみ泣き出した。
「う、、、うぅ、、、う、、、。」
カケルはみのりをなだめるように、部屋のなかで話しをしようと肩を抱き手をつなぐ。
さっきまでその手が、全く知らない女に触れていたと思うとそれだけで気が狂いそうになった。
アパートの階段の前に転がった片方のブーツ。
カケルはそれを何もなかったかのように拾う。
みのりは泣きすぎて顔がぐちゃぐちゃになっていた。
玄関に前にはぐちゃぐちゃになったチョコレートケーキの袋と腕時計も袋が倒れていた。
やっと部屋に入れさせてもらったが、カケルはまるで女がいた証拠を一つでもなくそうとするために、寒いなか部屋の窓をあけ、部屋に転がっていたお菓子の袋やティッシュを片付けだした。
みのりはもう何も言う気になれなかった。
とりあえず、この部屋に帰ってきたが、さっきまで違う女がいたと思う違和感しか感じることができなかった。
かけるは気まずそうにベッドのぐちゃぐちゃになった毛布をなおす。
その毛布の隅から、刺繍が可愛いブルーのパンツが見えた。
「パンツ、、、」みのりが枯れた声で、ぼそっとそのパンツを指をさす。
「あ、、ごめん。」カケルは勢い良くそのパンツを取り、ビニール袋に入れた。
とりあえず、今朝、みのりがバイトに行く前に出て来た家と似た景色に戻った。
ただ、そこには気まずそうにするカケルと、泣きすぎて顔がボロボロになった31歳のみのりがいた。
「カケル、なんでこんなことしたの?女ってだれ?」
「いや、その、、、今日朝まで稽古だったでしょ。 それで、最近入った新人の女の子がいて。その子と帰り道が途中まで一緒で、で一杯駅前で呑んでたんだけど、酔ってたらこーゆーことになっちゃって。。」
「は?新人の女? 誰よ、あたしが知ってる子じゃないの?」
「うん、数ヶ月前に入ってきたばかりだから。まだ何も分からない子だったから、色々教えてあげてて。で、帰り道が同じだったから、よく呑んでたんだけど。。」
「なにそれ、帰り道が一緒で呑んでるとセックスする関係になるの?」
「別に好きとかじゃないよ!だって、あの子も彼氏いるし。色々相談にのってあげてて、で酔ってて、そんなノリになったってゆーか」
カケルが話せば話すほど、どんどん馬鹿らしく聴こえはじめた。
「かける、今まで散々浮気してきたよね?あたし、もう限界。別れるから。」
「ちょっと待って、本当に本当にごめんなさい。本当にもう二度としないから。俺、みのりと結婚したいって思ってるし、あの子と俺はお互いただの遊びだし、本当にもう二度とこんなことないから。」
カケルは慌てて、みのりに土下座するようにポーズで謝りだした。
こんなことは過去にいくらでもあった。みのりはその度、カケルを許してきた。
まわりの友達にこのことを話すとよく言われた。浮気する男は病気だから治らないし、そんな男にさせてるのはみのりなんだよと。
みのりは、カケルを信じたかった。 何度浮気しても絶対に、みのりに戻ってくることへの自信。こんな何もない自分でも、自分を最後には必要としてくれるカケルがいることで自分の存在意義を見いだしていた。
でも、よりによってクリスマスの日に自分の部屋でそんなことをされていたなんて・・・・
「もう別れる。あたしだって31歳なの。結婚したいの。だけど、カケルの夢を一緒に応援したいからまだ結婚はいいやって思ってた。だけど、そーやって女癖が悪いのは限界だよ。」
「本当にごめん。マジでこれ以上、あの子とは何もないから、もう連絡先も消すし、稽古終わっても一緒に帰らないから。だから別れるとか言わないで。俺、お前いないとダメなんだよ。。」
急に弱気な声をだして、カケルが泣きそうな顔になる。
「いつもいっつもいっっつも!!じゃあ、あんで浮気したんだよ!!!」みのりは自分の人格を忘れてしまったかのように、自分が鬼になった気持ちになった。
みのりはカケルがテーブルに置いていた携帯をさっと取り出し、トイレにこもった。
カケルは一気に顔色を変えて「ちょっと携帯勝手に見んなよ!!」と切れだす。
トイレに鍵をかけてこもった、トイレのなかでみのりはカケルの携帯電話を覗いてみた。
暗証番号なんて前から分かっていた。だけど、過去にも携帯を見て浮気を見つけてしまったこともあったから見ないようにしていた。
でも、ここまできたら全部見てやる。
パスワードをといた携帯電話には、さっきの女の名前を思われるメールがたくさん入っていた。
そのメールを見たとき、みのりはどうしようもない気持ちになった。
そこには、みのりには送らないような絵文字を使ったメールや、まるで恋人同士かのようなメール文章がたくさん載っていた。
そのメールを読んで気づいた。
あの女、この部屋に何回か来ている。しかも、今日うちに泊まりにくる約束までしてる。
みのりは、その女のメールアドレスに「ふざけんな。」とだけ打ち、メールを送信した。
トイレから出てこないみのりをカケルは諦めて、煙草を吸っていた。
みのりがトイレから出てくると、カケルはとても機嫌が悪くなっていた。
「メール見たよ。さくらって子でしょ?」
「勝手に見んなよ。」カケルが怒っている意味が分からなかった。
「前にもこの部屋に連れ込んでたんだね。あたしが朝早くバイト行くときに、稽古終わりでうちに連れ込んでたんだね。」
「別に二回だけだよ?」カケルのその言葉にみのり言い返した。
「二回だけって・・・二回だけならいいの?」
「ふざけんじゃないわよ!!!」
みのりはそこらへんにあるものティッシュケースや、ゴミ箱、リモコンをカケルに向けて投げた。
そして目の前にあるテーブルを投げ飛ばした。テーブルに置いてあったノートパソコンやペットボトルなどがすべて床に落ちた。
もう自分というものがなくなっていた。
再び、散らかった部屋をカケルは何も言わずに片付けだす。
みのりは、悔しかった。
自分がいつも近くこんなに支えているのに、どうしてカケルはいつも他の女と遊ぶんだろう。
それは、あたしに問題があるから?
あたしが悪いの?
あたしが浮気をさせるような人間なの?
あたしが悪いんだ。
そうだ、カケルが浮気するのはあたしが悪いんだ。。。
そうでも思わないと納得できなかった。
四、逃げる男
17時、いつの間にか、外は暗くなっていた。
今日はクリスマスだって言うのに・・・
みのりがぐちゃぐちゃにした部屋をカケルが何も言わずに片付けて、みのりは一人呆然としていた。
「みのり、、、」
カケルがやっと口を開いた。
「なに、、、」
みのりは声にならない声で答える。
「今、一緒にいてもきっと迷惑かけると思うから、とりあえず今日も稽古だしここ出るわ。明日からちょっと友達の家に行くから。」
みのりは、カケルがそれでもこの家に帰ってくると思っていた。だから、そんなことを言われると急に哀しい気持ちに襲われた。
「やだ、明日も帰ってきてよ。ってか、今日だってあの女と稽古で会うんでしょ?稽古なんて行かないでよ。」
カケルの足にしがみつく。
「だって、稽古あと2回だよ? 本番まであと2日なんだから無理言わないでよ。」
カケルがみのりを少しうざがるようになだめる。
「俺、舞台に集中したいし、しばらくマジで男友達のところに行くから。本当にごめん。」
カケルは足にしがみつくみのりを優しくなだめて、家を出る準備をしだした。
カケルは一度言い出したら引かないタイプだった。だから、家を出ると言ったらもう帰ってこないかもしれないと思った。
さっきは別れたいと言ったが、本当はそうじゃない。
別れたくないから、カケルに別れたくない気持ちを示してほしかったのだ。
「カケル、じゃあさ。別れないから。でもさ、もうあの劇団やめてよ。携帯電話からあの女の連絡先消してよ。もう二度と会わないってあたしの前で電話してよ。家が近いなら引っ越させてよ。」
みのりは泣きながらうずくまっていた。
「・・・・ごめん。みのりがしてほしいこと、できることとできないことがある。劇団はやめられない。連絡先は消してもいい。でももう二度と会わないなんて連絡しなくても大丈夫だよ。引っ越しさせるなんて無理だし。。」
カケルはその後、「いってきます」と小さな声で家を出ていった。
残されたみのりは、ただぼーっとしたまま部屋のどこか分からない部分をずっと見つめていた。
今日はクリスマスなのに、どうしてこんなことに。。。
ふとリモコンでテレビのスイッチをつけた。
すると、さっきの喧嘩の際に何か物がテレビに当たったらしくテレビの液晶画面が割れて画面が映らなくなっていた。
液晶が乱れて何も映らなくなった画面、音だけが聴こえるテレビのなかから、誰かが楽しそうに歌うクリスマスソングがたった一人の部屋に響きだした。
神様はあたしに人生で一番最悪なクリスマスプレゼントをくれた。
神様、あたしをなめんなよ。
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