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アラブ関連映画


アラビアのロレンス(1962)

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主役はイギリス人です。第一次世界大戦中、イギリスはドイツと戦っていました。敵が手ごわいです。ドイツはオスマントルコと同盟組んでいました。トルコをぐらつかせることが出来れば、イギリスは楽になります。そこで希望に燃える文学青年ロレンスをアラブに派遣、なんとかトルコ支配下にあるアラブに反政府運動させようとします。

しかしひ弱そうなロレンスが、なぜか義経的な才能を持っていまして、破竹の快進撃。本人もアラブを奴隷状況から脱出させようとますますテンションあがります。

ところがサイクス・ピコ協定(1916)なるものの成立を耳にします。

アラブ人をトルコ人の奴隷状態から救うために活動してきたのに、なんのことはない、代わりにイギリス人の奴隷にするというのか。ロレンスは怒ります。アラブ人集めてシリアのダマスカスを占領、アラブ人会議を開いて国家運営してイギリスに対抗しようとします。本人イギリスの軍人なのですが。

軍事的には成功します。さすが義経です。ところがどっこいアラブ人なるものが、流浪の民と思いきや、なんと烏合の民でありました。都市の運営なんかできません。水も止まる、電気も止まる、病人はほったらかし。この連中に国家運営なんぞ無理というのが結論でした。

アラブ人の恰好をして病院の前に居ると、イギリス人軍人が来ます。病院のあまりの惨状に怒り狂います。ローレンスをアラブ人と勘違いして、お前のせいだとばかりに殴りつけます。

これはもうやってられない。ロレンスはイギリス軍から抜けることにするのですが、既に有名人になっていますから、出がけにファンの軍人から握手を求められます。

先日アラブ人と勘違いしてロレンスを殴った軍人です。世間のロレンスの見方は分裂しています。実はロレンス自体も、既にエゴが分裂しています。

ラストシーン、イギリスに帰還するロレンスの車は、ラクダに乗ったアラブ人の一隊を追い越します。

先日までのロレンスは、あれでした。今は自動車に乗っています。その自動車を、オートバイが追い抜きます。

ロレンスが追い越したラクダも、ロレンスを追い越すオートバイも、ロレンス自身です。ロレンスは三つに分裂しました。英国に帰ったロレンスは、オートバイに乗っているときに、自転車に乗った子供たちを助けるために急ハンドルを切り、事故死します。葬儀にはアラブ人と勘違いして殴りつけた軍人も出席し、ロレンスを悪く言ったアメリカ人ジャーナリストに抗議をします。まだ自分がロレンスを殴ったことに気づいてないようです。

三つに分裂したロレンスのうち、自動車に乗っているのは、英国軍用車ですから、サイクス・ピコ協定(1916)ですね。ラクダに乗っているロレンスは、フサイン・マクマホン書簡(1915)を表します。ではオートバイに乗っているのはなんでしょう。

その時対抗して、増員する兵士を積んだトラックが来ます。元来予算が足りず、兵隊が足りないからロレンスにアラブ人を扇動させていたのです。予算の都合がついたのでしょう。つまりオートバイはバルフォア宣言(1917)と見てよいでしょう。その後帰国してオートバイに乗っているときに、つまりバルフォア的時間を過ごしているときに、ロレンスは事故死します。単に元軍人が死んだというのではなく、アラブの自由、アラブの大義が死んだことを意味します。

映画としての出来は大変良いです。今述べたラスト→冒頭の意味の重層性は見事です。監督デビット・リーンは静止画として構図が非常に優れています。静止画系は、小津安映画でもそうですが、品格が出ます。リーンは映画作家の中でも最高レベルではないでしょうか。セルジオ・レオーネとか、ジャン=ピエール・メルビルとか、そこらへんの水準です。砂漠の砂の流れのニュアンスの豊かさを撮影できているのには驚かされます。昔のビデオではわからなかった点です。

音楽も印象的でして、「戦場にかける橋」「ドクトル・ジゴバ」、いずもれ印象的なメロディーを持っていて大成功しました。今日最も過小評価されている監督の一人かもしれません。ただし、実は演技指導が時々少々よくない。紋切り型すぎて魅力に欠けます。

ミュンヘン(2005年)

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1972年のミュンヘンオリンピック最中に、アラブ過激派によりイスラエル選手が人質に取られ、最終的に全員死亡します。事態を重く見たイスラエル政府は報復チームを結成、犯人である過激派組織「黒い9月」のメンバーを見つけ出して殺してゆこうとします。

情報提供協力者「ルイ」を得て作業は順調に推移します。そろそろ最大の大物「サラメ」に手をかけようとした時「ルイ」に意外なことを聞かされます。

その時テレビでは日本の連合赤軍がやった「テルアビブ空港乱射事件」が報道されています。

もうアラブとイスラエルの戦争ではなくなっています。世界を巻き込んだ暴力沙汰になっていっています。

報復チームも段々精神ヘタってきます。結局主役もドロップアウトします。再登板を口説きに来た関係者と議論になります。

今日の状況を適切に表現できていますね。

監督はスティーヴン・スピルバーグ。彼としても「プライベート・ライアン」に匹敵する作品だと思います。カメラワークが非常に凝っておりまして、ご鑑賞の際にはカメラの動かし方に注目いただきたいです。
もっとも動かす必要のない時もカメラを動かしておりまして、そこは少々格調を下げています。アラビアのロレンスの逆ですね。タイトルが「ミュンヘン」ですから、ベルリンオリンピックを撮影したリーヘンシュタールへのリスペクトがあったのかもしれません。音楽はまあまあ。演技もまあまあです。カメラを中心に楽しむ作品です。

誰よりも狙われた男(2014年)

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アメリカ映画ですが、主人公はドイツ政府のテロ対策チームです。目標はアラブ世界です。と言って危険なアラブ人を早急にしょっ引くのではなく、泳がせ、出来れば人間関係を十分作って、事件の一番裏に居るボスを探ろうとする方法論を採用しています。過去にはコツコツ作った人脈をCIAに破壊された苦い記憶があります。

今回はチェチェンからの違法入国の青年です。

青年は銀行家に会いたがります。

青年の父と銀行家の父は昔密約を交わしており、巨額の遺産を保管してもらっています。

主人公のテコ入れで遺産の受け渡しに成功します。

青年は遺産を有名なアラビア人学者に全て寄付します。寄付されたアラビア人学者は、それらを分割して支援している団体に送金するのですが、一か所だけやや疑わしい地下組織への送金が含まれています。主人公の目的はそれでした。アラブ地下組織にアクセスしたかったのです。


全てはうまくゆきました。主人公がタクシー運転手に扮して学者を運ぼうとしていると、突然暴力で彼を拉致されます。

またもCIAでした。全てはおじゃんです。

疑わしきも全て泳がせて、深層に迫れそうと思ったら全て短期的な結果を求めるCIAにおしゃかにされました。絶叫する主人公。アメリカの中近東政策はいけませんね。表面的に人間や組織を追求しているだけですね。これでは平和になりません。大事な地域の制御なのですから、もう少し理性的になるべきでしょう。

ところがしかし、タイトルを考えると本作のメッセージは少し別の意味になります。

そもそも誰よりも狙われた男(A Most Wanted Man)とは誰の事でしょう。学者でしょうか?いいえ、彼はドイツ警察当局にもCIAにも、さほどターゲットとされていません。誰よりも狙われていたのは主人公なのです。つまり、一連の事件で主人公は大物を泳がせていると思い込んでいましたが、泳がされていたのは主人公本人だったのです。アメリカ、CIAはアラブの過激派なんぞじつはどうでもよいのです。問題はドイツです。ドイツでアラブを制御する人物が出現することを、アメリカ、CIAは最も恐れています。

なかなか危険な内容です。主演のフィリップ・シーモア・ホフマンは天才というべき俳優です。本作の翌年変死しました。せめて「アメリカの中近東政策は不誠実だ」くらいの批判でしたら、死ななくてよかった気がします。ドイツとからめることによってそっち勢力の逆鱗に触れたのではないか。
映画としての出来は惜しい部分があります。カメラマンの映像感覚が素晴らしいのですが、ほぼ手持ちカメラで撮影しています。低予算なんでしょう。画面が細かく揺らいで、目が疲れます。俳優陣はシーモア・ホフマンの才能に頑張ってついていっています。会議シーンはよくできています。

音楽は弱いですが悪くありません。ピアノのシーン~当日クライマックスの流れは良いですね。

ドイツという影の主役

最初の「アラビアのロレンス」で説明したように、英国がアラブを扇動したのは元来ドイツと同盟しているトルコの力をそぎ落とすためにです。次の「ミュンヘン」では、その名のとおりミュンヘンオリンピックでの出来事から始まります。そして最後の「誰よりも狙われた男」では主演がドイツのテロ対策チームを演じます。アラブ問題というのは、実は存在していないのです。存在しているのは徹頭徹尾ドイツ問題だけなのです。

考えればウクライナ戦争も、英米はロシアをいじめたかったのか、ドイツをいじめたかったのか判然としないところがあります。今回のガザ戦争(なのかガザ紛争なのか私にはわかりませんが)も、どうもユダヤとアラブだけの問題には、私には見えません。しかしそれは時間をかけて考えるべき問題ですので、ここでは映画三本の紹介のみにとどめます。


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