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「戦争と平和」あらすじ解説・3【トルストイ】

前回はこちら

バカ焦土作戦

「戦争と平和」の「平和」の部分のあらすじです。

「お金持ちのピエール伯爵家(本当はベズーホフ家、しかし面倒なのでこうします)とアンドレイ公爵家(本当はボルコンスキイー家、しかし面倒なのでこうします)が居ました。

彼らの財産を、お金持ちではない善人ロストフ伯爵家と、同じくお金持ちではない悪党クラーギン公爵家が狙っていました。最終的には善人ロストフ伯爵家が勝ちました。」(「平和」部分あらすじ終わり)

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極限まで簡略化するとこうなります。財産獲得争いです。

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ピエールは庶子ですが伯爵家を相続して大金持ちになりました。放蕩者、乱暴者、善良です。

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アンドレイは父が田舎の領地に住んでいます。頑固者ですが頭は良い父です。息子のアンドレイも頭が良いです。インテリ、気難しいキャラです。鬱と言ってもいいかもしれません。結婚していますが妻にうんざりしています。

妹が居ます。かなりのブスです。恋愛できません。でも金持ちの娘なのでひそかに色んな男性が狙っています。

ピエール伯爵とアンドレイ公爵は友人です。ピエールももちろん地方には領地を持っているのですが都会で遊び暮らします。だいたい「ロシア都市部」の代表がピエールで、「ロシア農村」の代表がアンドレイです。

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彼らの財産を、善良なロストフ伯爵家と、悪党のクラーギン公爵家が狙います。結婚で財産を得ようとします。「ロシア都心部」と「ロシア農村」攻略競争です。最後はもちろん善良なロストフ家が勝ちます。悪党のクラーギン家は負けます。

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それはそれで普通の小説の組み立てなのですが、一つ問題があります。悪党クラーギン家の面々がバカなのです。クラーギン父は息子二人を評して言います。

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「イッポリートはおとなしいバカ、アナトーリは乱暴バカ」。加えて妹も居ます。エレンと言います。絶世の美女です。しかし美女でもクラーギン家です。頭は安定のバカです。ただし強気で自信満々の美女がバカですと、正体不明の説得力を持ちます。作中最もキャラが立つ人物になります。
彼らを生んだ母親もバカです。娘の美女エレンが評判になるので、母親は娘に嫉妬します。それら四人を束ねる父親も、もちろんバカです。そんなバカな子を三人も生産しておいて自分はバカでないと思っているのですから重症です。

悪役バカのクラーギン公爵家と対抗する善良ロストフ伯爵家ですが、こちらももちろんバカです。しかし責任はありません。「善良なバカと賢い悪党」が戦うのが物語の定番です。悪党の賢い攻撃が推進力になります。善人はオロオロしながらも、親切な周りの人々に助けてもらって最終的には勝つ、というのが物語の基本スタイルです。

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しかし「戦争と平和」の場合、肝心の悪人がバカなのです。推進力がありません。推進させるだけの知力を与えられていないのです。悪い策動しかけますが、知力が足りずに要領が悪いのでモタモタとした展開になります。悪人サイドの展開がモタモタですから、バカな善人サイドの対応は輪をかけてモタモタになります。結果として全ての箇所が気が遠くなるほどのモタモタペースで進行します。これこそがトルストイが読者に仕掛けた最も恐ろしい作戦、「バカ焦土作戦」です。

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読者は気がつけばなにもないロシアの大平原に取り残されます。バカのような大平原です。言い換えれば大平原のようなバカドラマなのです。「フランス軍はこんな気が遠くなるような気持だったのか」と、ページをめくる作業だけで体感できるのがメリットですが、体感途中ではデメリットとしか思えません。後年の「イワンの馬鹿」を思い出してください。作者はおそらく強めの「バカフェチ」です。変態入っています。健全な市民は一定の距離感を持って接するべきです。

二人のヒロインのみで把握

果てしないバカバトルをまとめると、ナターシャVSエレンだけ把握すればよいと気づきます。人生を無駄遣いせず「平和」部分を把握するには、この二人の集中攻略しかありません。しっかり把握しましょう。

ナターシャ

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トルストイが本作でナターシャをヒロインに設定したため、世界中の人々が「ロシア人女性=ナターシャ」と連想するようになりました。世界中の男性のロシア人女性へのむやみな崇拝はナターシャから始まります。
善良ロストフ家の彼女は、16歳の時にアンドレイに出会います。アンドレイが馬車に乗っていると飛び出してきて、なにが可笑しいのかケラケラ笑ってはしゃぎ回ります。高校生の年齢ですが、幼稚園児程度の知能です。
しかし無邪気なところがおじさんのアンドレイの琴線に触れて婚約します。アンドレイ父が難色示したため、1年間の婚約期間を設けます。1年間は幼稚園児の知能では耐えきれない長さです。案の定、色男アナトーリの毒牙にかかってしまいます。略奪婚されそうになります。すんでのところで阻止、しかし自殺未遂します。無論婚約は解消です。

ヘタったナターシャを励ましたのがピエールです。ピエールに好意を持ちます。

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その後ナターシャは負傷した元婚約者のアンドレイ公爵の最期を看取り、ピエールと結婚します。ピエールの資産を手に入れたのですから、この物語の最終勝者はナターシャです。
ちなみにナターシャの兄が、アンドレイ公爵の妹と結婚します。ピエール、アンドレイの資産は両方ロストフ家が手に入れたのです。善良バカのロストフ家こそ、ロシアそのものなのですね。

エレン

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ナターシャの敵役が悪役クラーギン家のエレンです。バカですが絶世の美女です。ピエールの資産に目をつけていち早く結婚しました。実はピエールはプロポーズしていないのですが、金がほしいクラーギン父が無理やりプロポーズしたことにしました。強引です。

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そして結婚するやいなや浮気です。だらしないレベルを遥かに超えて、勤勉とか献身的とか言いたくなるペースの浮気です。努力のポイントを間違えるタイプですね。ドーロホフという人物との浮気に亭主が激怒、決闘さわぎになって亭主が勝ってドーロホフが負傷、しかしエレンは亭主を非難します。論理性を完全に喪失した頭脳なのです。

最終的にエレンは、より高い地位を目指してロシアの大官および外国の大公と二股になります。ピエールとの結婚は継続していますが可愛そうに股として算入されません。三以上の数を数えられない未開部族レベルです。浮気相手の二人から二股を非難されると「それこそ男性のエゴイズムだ」と逆襲して被害者面をします。フェミニストの元祖かもしれません。
しかしどちらとひっつくにせよ、まずはピエールと離婚しなければなりません。しかし教会は離婚を認めませんから、ギリシャ正教を脱会してカトリックのイエズス会に入ります。ザビエルさんで有名な組織ですね。それでもイエズス会でもやっぱり離婚はまずいと言われると、「本当の宗教に入ったのだから偽りの宗教の定めに縛られない」とか言い出します。前のギリシャ正教での結婚がそもそも無効だと。

無茶苦茶すぎて爽快感があります。エレンはつまり「女ナポレオン」です。彼女の辞書に不可能という文字は無いのか、不可能という文字を読めないのか、そもそも辞書を持っていないのか、よくわからないのですが非常に似通っています。最終的にナポレオンがモスクワに入ったあたり、つまり没落への路を歩みだしたところで、エレンは薬の摂取過剰で中毒死します。ナポレオンと一心同体です。せっかく勝ち取ったピエールの資産は後にナターシャのものになります。

しかし彼女が作中最もキャラが立ちます。トルストイは本当は、エレンのような魔女が好きだった気がします。言い換えれば本当は作者はナポレオンが好きだった。好きだから乗り越えるために本作を書いた。物語冒頭ではピエールもアンドレイもナポレオンを崇拝しています。つまりトルストイは本音では英雄崇拝なんですね。作中ではナポレオンをエレンと同じくらい悪く書いています。歪んだ愛というやつです。

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次回に続きます


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