焦げたクッキーを削っていたら、同僚が人生について教えてくれた
●「空いた時間」にやる仕事とは
何屋さんにも「"やること"がないときにやること」というのがあると思う。レストラン店員なら座席の醤油を補充したり、スーパーのレジ担当者ならビニール袋を畳んだり(?)…といったあれだ。私とラウラにとってのそれは、「クッキーを作る」ことだった。
暇な時に大きめのクッキーをたくさん作って、カフェの大きなガラス瓶に補充しておき、日々1個180円ぐらいで売っていた。
このクッキーにはチョコチップだけでなく、中東料理の隠し味に入れるような「スパイスミックス」をパラリと混ぜ込む。それで一気に複雑な味わいのクッキーが出来上がり、本当に美味しいクッキーが毎回焼けていた。
しかし困ったことも時々起きた。オーブンを開けてびっくり、半分以上が焦げていることがあったのだ。
「うわ〜今回は焦げちゃったわね」と言いながら、甘くて焦げ臭いキッチンに立ち尽くし、ひたすらクッキーの焦げを削る「ハズレの日」が時々あった。
ゴリゴリゴリゴリ。
ゴリゴリゴリゴリ。
ゴリゴリゴリゴリ。
クッキーを割らないように、力加減を気遣うのも疲れる。ああ…。これ、あと何枚あるんだ…。無限コゲクッキー地獄に、途方に暮れてしまうのだった。
●ひとり取り残された
ある日、またラウラと二人でゴリゴリ、ゴリゴリしていた時のこと。まだ焦げクッキーが大量に残っているのに、ラウラは何も言わずふらりとどこかに行ってしまった。
あれ・・・?ラウラはもう「焦げ剥がし」終わり?それとも休憩?どこ行ったんだ?残りは全部私がやるってこと?それとも私もクッキーを放置していいってこと?あれ、これはこれはどういう状況なの?
そう思いながら、仕方なく、残りのクッキーの焦げを削り続ける。
ゴリゴリゴリゴリ。
ゴリゴリゴリゴリ。
ゴリゴリゴリゴリ。
あ〜〜なんか、私だけ真面目に削って、みじめな気分になってきた。一体これはどういう状況なんだ…。
すると、デイビッドがキッチンに入ってきた。
「お、焦げたクッキー削ってるの?」
「うん、でも大量にあって…。あと何個やればいいのか分かんなくなっちゃってさ」
「うーん。"もういいかな"って思うまでじゃない?」
「もういいかなって思うまで!?それって、いつなんだろ。まだまだあるし。全部終えたらそう思えるかもしれないけど…」
そんなことを話していたら、デイビッドはちょっと手伝ってくれたのち、キッチンから出ていった。
ゴリゴリゴリゴリ。
ゴリゴリゴリゴリ。
ゴリゴリゴリゴリ。
しばらくすると今度は、シモンがキッチンに入ってきた。
「フウ、またクッキー削ってるの」
「うん、全然終わらなくて(笑)。ラウラもどっか行っちゃって…。これ終わったらカフェに遊びにいくね」
その時、シモンが放った言葉が衝撃だった。
「あ〜もう。フウ、わからないのか?仕事に"終わり"はないが、人生には"終わり"がある」
え?突然なんの話?ポカーンとする私。
「だから"終わりのない仕事"が済んでから自分の時間を過ごそう…なんて思ってたら、いつまで経っても自分の時間を持てないよ。"仕事の終わり"は自分で決めて、あとは自分のために生きないとだめだよ?」
まだまだポカーンとする私。
そう言い残して、シモンはどこかに行ってしまった。
・・・仕事には"終わり"がない。確かにそうだ。終わったと思ったら次のやることが出てくる。一方で人生には"終わり"がある。これもそうだ。人生はいつか終わる。
終わりのない仕事に集中して、「これが終わったらやりたいことを…」なんて考えていたら、結局何もできずに人生が終わっているかもしれない。しかしそんなこと、ヨルダンのクッキー作りで学ぶとは思いもしなかった。
私は、目の前に広がる数十枚の焦げクッキーを引き続き削るべきか。それとも「終わり」ということにするか。どうすればいいのだろう。事実、まだ焦げたクッキーがたくさんあるのだが…。
人生の終わりを知ったばかりの私は、結局どうしたらいいか最後まで分からないまま、とりあえず「削り終えたクッキー」を集め、カフェの瓶に補充しに行くことしかできなかったのだった。
クッキーと人生編:fin
●次回:突然のご指名でアートの仕事も
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