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司法試験予備試験 刑法 令和元年度


問題

以下の事例に基づき,甲の罪責について論じなさい(Aに対する詐欺(未遂)罪及び特別法違反の点は除く。)。

1 不動産業者甲は,某月1日,甲と私的な付き合いがあり,海外に在住し日本国内に土地(以下「本件土地」という。時価3000万円)を所有する知人Vから,Vが登記名義人である本件土地に抵当権を設定してVのために1500万円を借りてほしいとの依頼を受けた。
甲は,同日,それを承諾し,Vから同依頼に係る代理権を付与され,本件土地の登記済証や委任事項欄の記載がない白紙委任状等を預かった。
甲は,銀行等から合計500万円の借金を負っており,その返済期限を徒過し,返済を迫られている状況にあったことから,本件土地の登記済証等をVから預かっていることやVが海外に在住していることを奇貨として,本件土地をVに無断で売却し,その売却代金のうち1500万円を借入金と称してVに渡し,残金を自己の借金の返済に充てようと考えた。
そこで,甲は,同月5日,本件土地付近の土地を欲しがっていた知人Aに対し,「知人のVが土地を売りたがっていて,自分が代理人としてその土地の売却を頼まれているんです。その土地は,Aさんが欲しがっていた付近の土地で,2000万円という安い値段なので買いませんか。」と言い,Aは,甲の話を信用して本件土地を購入することとした。
その際,甲とAは,同月16日にAが2000万円を甲に渡し,それと引き換えに,甲が所有権移転登記に必要な書類をAに交付し,同日に本件土地の所有権をAに移転させる旨合意した。甲は,同月6日,A方に行き,同所で,本件土地の売買契約書2部の売主欄にいずれも「V代理人甲」と署名してAに渡し,Aがそれらを確認していずれの買主欄にも署名し,このように完成させた本件土地の売買契約書2部のうち1部を甲に戻した(甲のAとの間の行為について表見代理に関する規定の適用はないものとする。)。
2 その後,Vは,同月13日,所用により急遽帰国したが,同日,Aから本件土地に関する問い合わせを受けたことで甲の行動を知って激怒し,同月14日,甲を呼び付け,甲に預けていた本件土地の登記済証や白紙委任状等を回収した。その際,Vは,甲に対し,「俺の土地を勝手に売りやがって。今すぐAの所に行って売買契約書を回収してこい。明後日までに回収できなければ,お前のことを警察に通報するからな。」と怒鳴った。
甲は,同月14日,Aに会いに行き,本件土地の売買契約書を回収させてほしいと伝えたが,Aからこれを断られた。
3 甲は,自己に対して怒鳴っていたVの様子から,同売買契約書をAから回収できなかったことをVに伝えれば,間違いなくVから警察に通報され,逮捕されることになるし,不動産業(宅地建物取引業)の免許を取り消されることになるなどと考え,それらを免れるには,Vを殺すしかないと考えた。
そこで,甲は,Vを呼び出した上,Vの首を絞めて殺害し,その死体を海中に捨てることを計画し,同月15日午後10時頃,電話でVに「話がある。」と言って,日本におけるVの居住地の近くにある公園にVを呼び出し,その頃,同所で,Vの首を背後から力いっぱいロープで絞めた。
それによりVは失神したが,甲は,Vが死亡したものと軽信し,その状態のVを自車に載せた上,同車で前記公園から約1キロメートル離れた港に運び,同日午後10時半頃,同所で,Vを海に落とした。その時点で,Vは,失神していただけであったが,その状態で海に落とされたことにより間もなく溺死した。

関連条文

刑法
45条(第1編 総則 第9章 併合罪):併合罪
54条(第1編 総則 第9章 併合罪):
    一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合の処理
159条1項(第2編 罪 第17章 文書偽造の罪):私文書偽造等
161条1項(第2編 罪 第17章 文書偽造の罪):偽造私文書等行使
199条(第2編 罪 第26章 殺人の罪):殺人
236条2項(第2編 罪 第36章 窃盗及び強盗の罪):強盗
240条(第2編 罪 第36章 窃盗及び強盗の罪):強盗致死傷
247条(第2編 罪 第37章 詐欺及び恐喝の罪):背任
250条(第2編 罪 第37章 詐欺及び恐喝の罪):未遂罪
252条1項(第2編 罪 第38章 横領の罪):横領
253条(第2編 罪 第38章 横領の罪):業務上横領

一言で何の問題か

業務上横領と背任の区分、因果関係(行為後の介在事情)、抽象的事実の錯誤(故意)

つまづき、見落としポイント

因果関係の錯誤 ≒ 2つの行為の実行の着手時期(遅すぎた構成要件の実現)
背任、有印私文書偽造・同行使

答案の筋

甲がAと売買契約をした行為について、自己計画と言えたとしても、「Vの代理人」として売却しており自己名義とまでは言えないため「横領」には当たらない。また、無権代理であり、所有権移転登記も行われておらず「財産上の損害」がないため、背任未遂罪が成立するにとどまる。
また、因果関係について行為後の介在事情(実際は溺死)や故意(抽象的事実の錯誤)の問題があるも、首絞めの時点で内在していた死亡という危険が現実化したと言えるため、殺人罪が成立する。

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