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もう聞けなくなった声。

出版業界には年末進行というのがあって、毎年この時期はとても忙しい。

だから、あまり遊びに行くことができなくて、いろんなお誘いを断ってしまうこともある。

先月も友人から飲みに行こうと誘われて、「ちょっと詰まってるから、落ち着いたら連絡する!」と言って延期にさせてもらった。

その友人が、先週亡くなった。



あの人は、何をやるにも我が道を行く人だった。

仲間内でラジオ番組を始めたのも、レギュラーでオールナイトイベントをやったのも、結婚して、親になったのも、あの人が最初だった。

「子どもが生まれてみて、どんな感じ?」と聞いたら、「んー、負けるかって気になるな」と話していたことをよく覚えている。

あの人らしくて、かっこいいなと思った。

僕が大学を卒業して海外へ行くと言ったとき、「気つけてなー!」とか「頑張ってきてね!」と優しい言葉をかけてくれる仲間の中で、あの人は真っ先に「海外行って何になるん?」と聞いてきた。

その問いかけに答えられるだけの経験を持って帰らなきゃというのが、海外生活のモチベーションになった。

帰国すると、あの人はすぐに自分がやってるバンドに誘ってくれた。

理由を聞くと、「ジャンベとか入れたら、おもしろそうやん!」とわかるようなわからないような答えが返ってきた。

初ライブの控え室では、緊張する僕に向かって「ライブって、普段の60%しか出ない人と、120%出ちゃう人がおるんよ。フーちゃんは、120%出るタイプやな」と言って無責任に笑った。

何をやらかしても笑い飛ばしてくれる人だった。

僕は、後にも先にも、あんなにかっこいいベーシストには会ったことがない。

あの人が弾くベースは他の誰とも似ていなくて、演奏中の姿は我を忘れて楽器とセックスをしているように艶かしかった。

某バンドのベーシストを募集するオーディションで、彼らがライブをしている画像にベースを弾いている自分の写真を貼り付けて送ったって話には、腹抱えて笑ったな。

「いいやろ?」って自分で言ってただけある。

今思い出しても最高だわ、その話。

音楽をやめて九州でサラリーマンをやりはじめてからも、2年に1度くらい電話がきた。

「この前、会社で労働組合ってのを作ったんよ。フーちゃん、そういう話好きかと思って!」なんて言うもんだから、こっちもビールを開けて2年分くらいの話を一気にした。

その度に、あの人はどこで何をしてようと我が道を行く人なんだなと思って、なんだか嬉しかった。



こうして思い返してみると、あの人は僕のことをいろいろと気にかけてくれてたんだろうなと思う。

それなのに、僕はあの人を後回しにしてしまった。

仕事が忙しいという理由で、誘いを断ってしまった。

LINEのやりとりは「どいつもこいつも大人になりやがって」で止まっている。

別に早すぎると嘆いているわけでもないし、あのとき飲みに行くのを断った自分を悔やんだってしょうがないこともわかってる。

だけど、こんな別れ方になるなんて思っていなかった。



あの人は、僕のことを「フーちゃん」と呼んだ。

初めて会ったときに「フーヘイです」と挨拶してから、夏に下北の一番街で焼き鳥を食べに行ったときまで、ずっと「フーちゃん」と呼んだ。

「フーちゃんはさぁ」「フーちゃんはさぁ」と、いちいち名指しにして、周りに人がいようと1対1で向き合うように話す人だった。

「フーちゃん」「フーちゃん」「フーちゃん」

あの人が僕を呼ぶ声を頭の中で思い出してみる。

今なら、今ならまだ、はっきりとあの人の声を思い出せる。

消えないうちに、忘れないうちにと思って、何度も思い出して耳の奥に刻もうとしてるけど、自信はない。

声は、いつの間にか遠くへ行ってしまう。

あんなに大好きだったじいちゃんの声も、今はもうはっきりとは思い出せない。

声を忘れた人は、静かな風景になってしまうことも知っている。

それが本当に本当に悲しい。



こんなこと書いたって、どうにかなるとも思ってない。

誰かに共感してもらいたいわけじゃないし、誰かの悲しみを和らげられるなんてハナから思ってない。

だいたいこんな個人的な話を笑いながら聞いてくれる相手は、もうこの世にはいないのだ。

ただあの人のことを書いてる。

忘れたくねぇな、忘れたくねぇなと思いながら書いている。

そうして書けば書くほど、あの人との思い出が蘇ってくる。

元野球部だからってフットサルのときも野球のユニフォーム着てたこととか、日雇いのバイトの帰りに少ない給料を工面してコンビニでビールを飲んだこととか、ラママの階段で1本もらったタバコのこととか、毎週行ってた下北沢のスタジオとか、クラブチッタのライブとか、メジャーデビューするときに偉い人たちに囲まれて美容室へ連れて行かれた話とか、貸してもらった伊坂幸太郎の文庫本とか、どこで買ったのかわからないアディダスのボクシングシューズとか、引越しの手伝いをさせられたこととか、娘の自慢話とか、最後に4人で飲んだこととか…。

何もかも忘れたくねぇな。

死んじゃったなんて寂しいよ。

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