聖フランセス・シュー
02月18日に書いたブログ
数日前からフランセスの事が心にあった。
そのタイミングでのり子さんのブログを見るとフランセスの事が書かれていた。
その翌日、ラファエルが中国の話を始めた。
その次の日、ラファエルとミーティングで出かけ、そこでも相手から中国の話が出た。
その次の日、キッチンで料理をしているとラファエルが来て、別な件で中国についてのミーティングがあると話し立ち去った。
料理を中断し、
フランセス(中国)がシンボルを使ってサポートしているのを感じるなとキッチンで思った。
料理を再開しようとした時、
「えっ!?何が起きてるんだ!?」
と驚きと笑いが込み上げてきた。
その日、夕食に作っていたのは中華料理の麻婆豆腐だった。
それに全く気付かずに料理をしていた。
翌日ラファエルから
ケンタ、順子、コウスケの3人で富士山の見える浜辺でレストしてきたら良いよ。と提案してくれて車で近くの浜辺に向かった。
最近の中国の話なども含めて、
「数日前からフランセスがサポートしてくれているのを感じる。」
「映画ルーシーの最後のシーンのように『私はあらゆるところにいる』と言ってるみたいだ」とシェアした。
2人とも涙を流していた。
ケンタさんは
「今日の朝起きてからフランセスを思い出していた。」
と話していた。
風が強くなり寒くなってきたので帰るか場所を変えてレストするかを祈り、浜辺から近くのカフェをケンタさんが見つけてくれて移動した。
カフェでは犬のゴールデンレトリーバーが出迎えてくれ、レストインゴットを教えてくれているように感じた。
戻ってからいくつかのファンクションを終えて、ラファエルは外出してたので3人で夕食を食べた。
今日のカフェの入口にサインがあったので、僕はイエスが「ようこそ兄弟」と言ってるようだったと話しながら順子に写真を見せた。
すると順子のスマホから「祈り」のリマインダーが鳴った。
僕は「私は世の光です。って思い出すリマインダー?」
と冗談まじりに聞くと順子は「それはフランセスが言いそうだね。」と笑って答えた。
すると心の奥の方から、
ハッキリとしたフランセスの声が何度も、何度も聞こえてきた。
この声を伝えない訳にはいかないくらい何度も響いてきた。
そのフランセスの声は「ケンタ」と呼んでいた。
2019年にカースティン、フランセスリトリートが葉山で開催された時、
僕はケンタさんとサウンドやカメラのファンクションを一緒にやっていて、
フランセスとカースティンがミーティングをする時、のり子さんと一緒に英語が話せるケンタさんも一緒に呼ばれていた。
優しくも、信頼のこもったフランセスの「ケンタ」という呼び声を近くで何度も聞いていて、その声に愛おしさを感じていたのを思い出した。
そのフランセスの「ケンタ」と呼ぶ声が何度も響いてきた。
僕はケンタさんに、
「フランセスがケンタさんを呼ぶ時の声を覚えてますか?」
と質問した。
ケンタさんは
「はい。覚えてますよ」と言ってうなずいた。
僕はケンタさんに
「今、フランセスの声が心に響いてきていて、ずっと、ケンタ、ケンタ、ケンタとフランセスがケンタを呼んでる。」
と伝えた。
ケンタさんは何か心に触れるものがあり、夕食を食べてる手をとめ号泣した。
僕もそのフランセスの呼び声に触れ涙が溢れていた。
ケンタさんは泣き続けた後、少し落つき
「聖霊、フランセスを求めていいんですか?」
と聞かれたので、
僕はケンタさんに
「求めていいんですか?じゃないです。フランセスが「ケンタ、ケンタ」と何度も呼んで求めてるんですよ。なんでこんなに声が繰り返し聞こえてきてるのか僕にも分からないです。」
と答えた。
するとまた号泣した。泣き続けていた。
落ち着いた時ケンタさんが話し始めた。
「僕の祈りの答えが与えられました。愛されていることをハッキリとわかるように見せてほしい!と強く祈っていた。僕には声とか聞こえないから、兄弟が道管になって答えてくれた。」
ケンタさんの強く祈った答えだったようだ。
その後、私たちは聖霊の道具になるだけ、空の器になるだけなんだと話し合った。
順子が
「フランセスの母に宛てた最後の手紙を一緒に見る感じがする。」
と言い一緒に読んだ後、フランセスの好きな曲が添えられていて3人で聞いた。
その歌詞に
「私はあなたの上にも下にも前にも後ろにもいる」と繰り返されていて、その日、浜辺で2人に「フランセスが私はあらゆるところにいます。と言ってるようんだ」と話していたことが、そのまま歌詞になっていた。
聖霊、フランセスにここまでハッキリ見せられると、本当にあらゆるところにいるんだと感じて鳥肌がたった。
のり子さんが
「私たちは愛に包囲されている。」
と話してくれた事があったが、本当にそうだと感じて恐ろしさが上がった。
フランセスが兄弟を呼ぶ声を聴く経験を通して、
聖霊、イエスが私たちをどれほど愛し、毎瞬私たちを呼び続けているのかを感じた。
共同生活が始まり全く理解のできない夢のようなことが引き続き起きている。
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