マガジンのカバー画像

現行上演のない浄瑠璃を読む

13
人形浄瑠璃文楽での現行上演がなく、テキストでのみ残っている浄瑠璃を読んだ記録。
運営しているクリエイター

記事一覧

現行上演がない浄瑠璃を読む 並木宗輔・豊竹座前期篇 [現行上演のない浄瑠璃を読む #12]

並木宗輔作品のうち、豊竹座に所属していた時代(歌舞伎転向まで)の作品をすべて読み終わった。 『北条時頼記』から『道成寺現在蛇鱗』までの全32作。 01『北条時頼記』 02『清和源氏十五段』 03『摂津国長柄人柱』 04『尊氏将軍二代鑑』 05『南都十三鐘』 06『後三年奥州軍記』 07『藤原秀郷俵系図』 08『蒲冠者藤戸合戦』 09『本朝檀特山』 10『楠正成軍法実録』 11『源家七代集』 12『和泉国浮名溜池』 13『赤沢山伊東伝記』 14『待賢門夜軍』 15『忠臣金短冊

茜染野中の隠井(あかねぞめのなかのこもりいど) [現行上演のない浄瑠璃を読む #11]

世話物。 当時有名だった丁稚殺害事件に題材を得ているらしい。 備前児島の武士、唐琴浦右衛門は、主人から預かっていたお家の重宝である刀を紛失。(頼むALSOKと契約してくれ) 浦右衛門の妻・お吉は、その詮議のため大坂で仮住まいをする。刀を盗んだ犯人は、実はお吉の兄だった。お吉の兄はただのチンピラだったが、お吉が武家の妻になったことで取り立てられただけのならず者である。 大坂の新町、お吉の家には、染物屋の由兵衛という男が出入りしていた。あたかもお吉のダンナのように振舞ってい

狭夜衣鴛鴦剣翅(さよごろもおしどりのつるぎば) [現行上演のない浄瑠璃を読む #10]

初演=元文4年[1739]8月 大坂豊竹座 作者=並木宗輔 太平記の世界が舞台。 新田義貞が討死し、足利(北朝)と新田(南朝)の対立が一旦終わる。 新田義貞の持っていた名刀・鬼切丸の錦の袋の内側には、足利追討の南朝の綸旨が入っていた。北国に居を構える義貞の弟・義助の挙兵の正当性を得るには、これが必要である。 義貞の家臣であった塩谷判官は、これを目的として足利に投降していた。暗愚な足利直義は義貞の妻・匂当の内侍を狙っており、塩谷判官は匂当の内侍と引き換えに、高師直が持ち帰

浦島年代記(うらしまねんだいき) [現行上演のない浄瑠璃を読む #9]

初演=元禄13年[1700]or 享保7年[1722] 大坂竹本座 作者=近松門左衛門 この記事初の近松物。 タイトルからわかる通り、浦島太郎伝説の翻案だが、半分くらいは安康天皇とその子を身ごもった女御と跡を継いだ雄略天皇の話。全体的にファンタジックな話運びで、おとぎ話めいている。 ■ 安康天皇・雄略天皇兄弟まわりの話は『日本書紀』などの内容をそのまま踏襲して劇化している……わけではないようだ。何か先行する物語から取っているのか、それともオリジナルなのかは自分に

伊達競阿国戯場(だてくらべおくにかぶき)[現行上演のない浄瑠璃を読む #8]

初演=安永8年[1779]3月 江戸肥前座 作者=達田弁二・吉田鬼丸・鳥亭焉馬 今回は、並木宗輔作品以外から。 伊達騒動+累伝説をマッシュアップした内容で、同名の歌舞伎の浄瑠璃化。 時は室町時代、足利家のお家騒動として設定しなおされている。伊達騒動を軸にしているため『伽羅先代萩』とストーリーが近しいが、現行「御殿の段」にあたるエピソードはない。 隠居したがる将軍義満、傾城高雄にうつつを抜かす弟頼兼によって、幕府の内情は不安定になっている。彼らは仁木弾正ら計算高い佞臣たち

後三年奥州軍記(ごさんねんおうしゅうぐんき) [現行上演のない浄瑠璃を読む #7]

初演=享保14年[1729]正月 大坂豊竹座 作者=並木宗輔、安田蛙文 後三年の役に取材した内容。八幡太郎義家・加茂次郎家綱兄弟と、奥州の清原武衡・家衡兄弟の戦いを描く。 戦国時代物にあるような、華やかな武将の活躍や知略に秀でた軍師が奇抜な策で窮地を切り抜けるとかの話は一切なし。ひたすら人々が悩み続ける、ものすごく地味で後味悪い系の話。『南都十三鐘』より不条理感がさらに増幅している。 ■ 敵方の家臣に姻戚関係があるため「自分は敵方に内通していると疑われているのでは」と後

南都十三鐘(なんとじゅうさんがね) [現行上演のない浄瑠璃を読む #6]

初演=享保13年[1728]5月 大坂豊竹座 作者=並木宗輔、安田蛙文 奈良時代、長屋王子が藤原広嗣とともに帝位簒奪を図る中、橘諸兄が国家安泰を守ろうとする物語。 最終的には題名通り、「鹿殺しの罪で(身代わりとして)死罪になった子供の追悼のために撞かれる13回の鐘の音」の由来にまつわる物語に収束していく。それ自体は普通と言えば普通で、地味。 しかし、話がそこに至るまでに、わずかな欲心やその場しのぎのごまかしからしたことが最終的にどうしようもない事態を招くというエピソードが

桜御殿五十三駅(さくらごてんごじゅうさんつぎ) [現行上演のない浄瑠璃を読む #5]

初演=明和8年[1771]12月 大坂竹本座 作者=近松半二、栄善平、寺田兵蔵、松田ばく、三好松洛 近松半二作品のうち『妹背山婦女庭訓』の次に発表されたもので、足利義政公の時代を舞台にした華やかな時代物。 将軍兄弟の放埓、御殿にはびこる佞臣、金閣寺へ招かれるはずだった宗純法親王(一休禅師)の失踪、明智によって管領にまで取り立てられた鷹匠・太郎治の大出世、足利家に滅ぼされた赤松満祐の残党など、多くの要素が絡み合いながら物語が展開してゆく。 本作では、物語の本当の目的が、か

尊氏将軍二代鑑(たかうじしょうぐんにだいかがみ) [現行上演のない浄瑠璃を読む #4]

初演=享保13年[1728]2月 大坂豊竹座 作者=並木宗輔・安田蛙文 足利尊氏亡き後、将軍の座を巡り、尊氏の嫡子・義詮と、弟の直義が対立するというストーリー。 『太平記』の塩谷判官高貞とその弟、高師直まわりの登場人物が取り込まれ、『太平記』の有名エピソードの「実は」が描かれている。『太平記』の物語をうまく翻案した、面白い構成。 悪役が善人に反転するというのが眼目として大きいため、本作を楽しむには「塩谷判官讒死事」あたりの物語を知っている必要がある。っていうか、『太平記』

摂津国長柄人柱(せっつのくにながらのひとばしら) [現行上演のない浄瑠璃を読む #3]

初演=享保12年[1727]8月 大坂豊竹座 作者=並木宗輔・安田蛙文 蘇我入鹿の叛逆を藤原鎌足がおさめるまでを描く王代物。 物語の枠組みは『妹背山婦女庭訓』に近い。物語の舞台として大神神社も登場し、ここから『役行者多峯桜』そして『妹背山女庭訓』へと繋がってゆく浄瑠璃の系譜を感じられる。 ■ すごいのが、蘇我入鹿が逆心を起こした理由。 帝(女性)に懸想して、それが叶えられなかったから。 そんな大胆な奴、おる????? かねてから帝に恋文を送りつけまくって父・蘇我

清和源氏十五段(せいわげんじじゅうごだん) [現行上演のない浄瑠璃を読む #2]

初演=享保12年[1727]2月 大坂豊竹座 作者=並木宗輔・安田蛙文 並木宗輔が立作者となった第1作。 兄・頼朝に遠ざけられ京へ登った義経の流浪の物語。構造は『義経千本桜』と近い。有名キャラが多数登場、義経絡みの有名な逸話も入っているのでオールスター浄瑠璃風になるかと思いきや、いいことが何ひとつなく、暗く寂しげな印象が漂っている。最後には義経と静御前が再会しハッピーエンド風になっているが、そのあとの義経の運命を知っていると、あまりにもつかの間の喜びでしかなく、むしろ陰鬱

北条時頼記(ほうじょうじらいき) [現行上演のない浄瑠璃を読む #1]

前回の記事に書いていた通り、最近、文楽で現行上演がない浄瑠璃を翻刻で読んでいる。 読んだ先から内容を忘れていくため、手元に内容を簡単に書き留めておいたり、twitterでつぶやいたりしている。その中で、所感やその変遷をある程度まとまった文章にしておきたいと思い始めた。できる範囲で、noteの記事にしていこうと思う。先日から並木宗輔作品に着手しているので、まずはそこから。 北条時頼記(ほうじょうじらいき) 初演=享保11年[1726]四月 大坂豊竹座 作者=西沢一風・並木宗輔

現行上演がない浄瑠璃を読む [近松半二篇]

最近、文楽で現行上演がない浄瑠璃を、翻刻で読んでいる。 いままでも、通し上演がなく、一部の段を見取りで上演している演目を、現行にない段を含めて全段読むというのをやっていた。その目的は、見取りにしたために意味不明になっている部分を補い、観劇をより楽しむためというものだった。 いま、まったくもって現行上演がない作品を読んでいるのは、実際の観劇のための実用からは少し離れ、江戸時代の人はどういう芝居を楽しんでいたのかという、もっと大きく漠然としたことをを知りたくなったからだ。そし