見出し画像

京都ボヘミアン物語②新歓シーズン、女子大生ではなく怪しい人ばかり寄ってくる……

 高校まですごした埼玉から京都に来て、まずは大正時代にたてられた木造の吉田寮に入寮することにした。カネもないし、それが当然と思っていた。

20220625-220625吉田寮立て看 (1 - 4)

 入寮希望者は面接を受けなければならない(↑写真の立て看のように今も寮自治会が面接をしている)。自治寮だから面接官も学生だ。インテリ風の色白で大人びた男2人だった。
 なぜか政治の話になった。
 高校時代、白ヘルメットと手ぬぐいで顔をおおう中核派のお兄さんに接していたから、学生運動のメッカともいえる学生寮には警戒していた。だから機先を制するつもりでこう言った。
「ヘルメットとか顔をかくすのはきらいです。卑怯で大げさで漫画みたいに思えます」
 これだけガツンと言えば、それ以上つっこまれることはないだろう、と思ったが甘かった。
「なぜ、ヘルメットが卑怯だと思うんだい? 圧倒的な力をもっている権力にたちむかうにはしかたがないとは思わない?」
「え……それはそうかもしれないけど……」
 もしかしたらこの人たちも中核派なんだろうか? 面接で組織にはいりそうな人だけ選別するんだろうか? あまり個人情報をあかすべきではないのではないか。不安でしどろもどろになった。
 面接官をした男たちは中核派ではなかったのだけど、それを知るのはちょっと先のことだ。

20220625-220625吉田寮 (2 - 3)

どんよりした空から冷たい雨がしとしとと降る日、リュックサックをかかえて寮に入居した。
 階段下の14畳ほどのだだっぴろい部屋をあてがわれた。
 本来2人で1部屋なのだが、ぼくだけ1人だった。最初の夜はシュラフを広げて横になった。
 高校時代から駅で寝ながら鈍行列車で旅をしていたから、野宿はなれていた。だがこの部屋はなにかへんなにおいがする。ちぢれた陰毛が部屋のすみに吹きだまっている。
 夜中、ガサガサガサという音でめざめた。蛍光灯をつけると、十数匹のゴキブリが列をなしている。
 うわーっ! なんだこりゃ!
 はたいて殺してもその処分がめんどうだ。殺すのをあきらめてもう一度眠ろうとすると、トントンと戸をたたく音がする。こちらがこたえる前にガラリと戸を開き、男がひとり入ってきた。
「いま、いいかな?」
「どうぞ」
 寮の先輩だと思って答えた。
「君は、高校時代に成田に行ったことがあるよね」
 高校のOBにつれられてちょっとだけ訪ねたことがあった。どうやらそのOBからぼくの話が伝わっているらしい。
「よかったら、あさって集会があるんだけど、参加しないか?」
 あまり気が進まないが、むげに断るのは悪い気がして「考えておきます」と答えた。

大学の時計台前は多くのサークルがテントをたて、往来する新入生を勧誘している。
 テニスサークルはきれいな女の子が多い。女子大の子たちだろう。うらやましいけど、なぜか声をかけてもらえない。
 ぼくは高校時代のジャージをはおっていた。ガリ勉の高校生とでも思われたのだろう、と今ならわかるが、当時は自分は並以上の風貌だと思っていた。
 むなしい気分で歩いていると、カップルが声をかけてきた。女性は顔だちはととのっているけれど、ちょっと目がうつろだ。
「人生を考えるビデオを見ませんか。ケーキを食べながらお話ししましょう」
 人生を考えるのも悪くない。テニスサークルよりはとけこみやすそうだ。話を聞いていたら、ヘルメットをかぶった学生がそのカップルをとりかこんだ。
「でていけ!」
「おまえらのはいってくるところじゃない!」
 大声でどなって大学の構外に押しだした。
「霊感商法や洗脳をする団体だから気をつけて」
 そう言ってチラシをぼくに手渡した。
 これがかの有名な宗教団体だったのか。(つづく)

【注】この文章は(かなりの部分は)フィクションです。実在の人物や団体などとは(それほど)関係ありません

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?