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【社会課題解決先進国スウェーデン、デンマーク視察訪問レポート】 第4部 労働生産性とウェルビーイングを両立する

1 北欧の労働生産性とウェルビーイング

日本は格差社会となっている。相対的に貧しい人が増えている。日本の労働生産性の低下はデータを見ると明らかであるが、その一端には人材育成ができなかった過去20年間の積み重ねがあるような気がしてならない。社会保障費も税金も上がり続け、ここに来て物価も急上昇。残念ながら日本社会において、日常の中に幸せを実感できる機会は減っているように思うのは私だけだろうか。

北欧諸国は幸福実感が非常に高いと言う。国連の持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(Sustainable Development Solutions Network:SDSN)が発行した報告書によれば、2023年の世界幸福度ランキングで、日本は183カ国中で第62位である。決して低くはないが世界第3位(もしくは第4位)の経済大国としてはいささか不十分だと思う。ドイツは第17位、米国は第18位、中国は第94位となっている。

「世界の幸福度ランキング」(ReutersのHPより抜粋)

この幸福度調査の中で、北欧諸国は例年トップクラスの常連となっている。直近のランキングでは、第1位はフィンランド、第2位はデンマーク、第4位がアイスランドで、第5位がノルウェー、第7位がスウェーデンとなっている。これら北欧諸国は、先にも紹介した通り、一人あたり労働生産性においても極めて高い位置にある。OECD諸国のうち第1位がノルウェーで、第4位にデンマーク、第7位にスウェーデン、第10位にアイスランド、第14位にフィンランドが続いている。北欧諸国は、労働生産性も高ければ、幸福実感も高い国々となっている。

給与と幸福実感の関係性は、”一定の給与水準を超えれば幸福実感の向上に有意に寄与しない”ことが明らかになっている。だからと言って経済を蔑ろにするわけにもいかない。お金もある程度あって、そして幸福実感が高いに越したことはないと思う。実際に、ルクセンブルグやスイスなど、ほとんど働かなくてもアラブ首長国連邦、サウジアラビアなどは国が資源等に恵まれて、国民負担が非常に少なかったり、労働負荷がそれほど高くないとも言われているが、そうした国々の幸福度ランキングを見ると、いずれも高くなっている。

北欧諸国はよく知られているように、高福祉高負担の国々である。国民負担(所得における税金や社会保険)は日本より高い。しかしそれに対する福祉施策が非常に充実していることで知られている。第1部で紹介したレストラン東京の中澤オーナーは、「コロナ禍にあって飲食店経営者は国に大いに助けてもらった。高負担であっても全く問題ないし納得している。」というお話をしてくださった。それが事業者や生活者にとっての代表的な意見なんだろうと考える。

そして北欧諸国は労働者に対する社会保障も非常に手厚いことで知られる。失業したとしても失業給付はしっかりもらえるし、それは当たり前として、職業訓練制度が充実していることが挙げられる。スウェーデン発祥の「リカレント教育」や、デンマーク発祥の「フレキシキュリティ」はよく知られる雇用政策、人材育成施策だろう。

第4部においては、なぜ北欧では高い幸福実感と労働生産性を両立することができるのか、その要因について取り上げたい。実は今回の北欧視察の最初の目的は、デンマークの「フレキシキュリティ」の取り組みを現地で見て、聞くことだった。だから会社の業務ではなく私費でのプライベートな視察として企画したのだった。結果的に同行していただいたSIIFの佐々木さんや、デンマーク大使館の皆様を始めとした多くの方のお力添えにより、日本が目指す労働政策のモデルを見にいくだけではなく、社会変革のためのリビングラボやイノベーション施策についても学ぶことができる旅になった。

コペンハーゲンのニューハウン地区。クリスマスシーズンで多くの人で賑わっていた。



2 デンマークのフレキシキュリティ

コペンハーゲン市庁舎 一階ホール

デンマークでは現在、「フレキシキュリティ」という雇用政策が採られている。聞き慣れない言葉だと思うが、英語の「フレキシビリティ(flexibility)」と「セキュリティ(security)」の二つのワードが組み合わせてできた造語である。すなわち、「雇用の流動性」と「雇用の保障」を両立する社会システムである。

渡欧前に厚生労働省にもフレキシキュリティ政策に関して、日本のスタンスや今後の方針についてもお話を伺う機会があった。本年度から厚生労働省が進めるリスキリングに関する事業の検討委員に就任させて頂いたので、そうした観点からも”フレキシキュリティ”をどのように考えているのか伺うのは大変興味深い。

厚生労働省の部長級の方は個人の見解としつつも”フレキシキュリティ”に対して日本もその政策に舵を切るべきだと述べてられた。私も勉強不足であったが、すでに日本は現在の法制度上でも解雇規制はかなり緩和されている。日本にいると解雇規制がキツいと感じるのだが、実はグローバルな視点から見るとそうではないらしい。とはいえ労働移動がフレックスにされているかといえば必ずしもそうではないように感じる。

さてそうであるならば、なぜデンマークでは雇用の流動性が高いのだろう。話は50年前に遡るが、1970年代に北欧においても労働紛争が起きていたという。資本家と労働者が対立し深刻な社会問題となっていた。日本もちょうど同じ時期に労働紛争、安保闘争が頻発していたのは歴史の教科書に記されている。(私は1978年生まれなのでそうした時代を生きていない) 日本ではその後、高度成長期が終焉し、オイルショックなどを経て一億総中流の時代。自然と労働争議も無くなっていった。しかし1990年代に入りバブル経済が崩壊し、企業の淘汰が始まった。終身雇用・年功序列を維持できるほど企業の余力はなくなり、リストラや成果主義人事制度の導入、さらに派遣などの非正規雇用の活用が進むことになった。非正規雇用者はあくまでも建前とは別に実質的には雇用の調整弁の機能を強いられた。

コペンハーゲン市庁舎 階段

デンマークでは1970年代の深刻な労働紛争の時代に、デザイナーが大きな役割を果たしたという。デザイナーが資本家と労働者との間に入って問題解決にあたったのだ。そして、事業運営の参加型デザイン、組織デザインが進められることになった。この主体的なデザイナーの関与が政策形成にも寄与している。デンマークでは、失業した人材に対する高度な職業訓練が実施されるようになったのだ。高度な職業訓練を受けた人材は、次なる成長産業へとシフトしていく。企業はそうした人材を雇用することにより、企業の競争力を高め、成長産業へ自らをイノベーションすることに成功していった。

こうした雇用の保障と同時に、資本家と労働者が合意したのが、雇用の流動性の容認だった。顧客や消費者、社会から求められるためには企業は生き残りをかけて自らを変容させるしかなかった。それが欧州においても小国であったデンマークが採った方針だったのだ。企業は顧客や消費者、社会から求められるニーズを満たすため、能力が不足している人材の教育や、本人の意向も確認した上で必要に応じたレイオフを実施し、レイオフされた人材は自治体などが用意する豊富な職業訓練メニューの中から、自らの職業能力価値を高めるべく自己研鑽に励むこととなった。

この”フレキシキュリティ”の政策は現在に至るまで生きている。例え失業しても、本人の就労意欲が有る限り、職業訓練の機会は提供されるし、次の職業に就職できる機会はめぐってくる。この安心感を得れるならば、日本以上の税金や社会保険を払ったとしても、とり分けて不安を述べることもない。本人は成長産業のニーズに沿った質の高い職業訓練を受け、その結果として産業界に高い能力とスキルを有した人材が流入し続ける。高い労働生産性と、幸福実感を両立できているその要因の一つとして、この”フレキシキュリティ”が大きな部分を占めていると考える。

コペンハーゲン中央駅近くのクリスマスマーケット



3 揺らぐスウェーデンの社会保障政策

しかしながらスウェーデンでは、様相が異なる。視察2日目、私たち三人はストックホルムの隣接市であるリディンギョ市(Lindingo)の労働政策部門(労働市場部)のヘッドであるAnnaさんとインターン生のKajsaさんにお時間をいただいた。Annaさんはもともと、フィリピンで大学の先生もしていたことがあるアカデミックをバックグラウンドとする専門家でもある。

北欧すべての国が”フレキシキュリティ”に取り組んでいるのかと言えばそのようなことはない。スウェーデンでは”フレキシキュリティ”を基本政策としていないという。私ももちろん北欧視察前に一通りのことはリサーチしてきたし、労働政策や雇用問題に20年間取り組んできたので、世間一般の人よりもこの分野については明るいという自負がある。であるが、スウェーデンの現場における労働政策トップの方から、この事実を聞くと、「そうなんだ」と驚かざるを得ない。それほど日本にあっては、海外の労働政策に関する情報が不足している。北欧の国はどの国もデンマークのような”フレキシキュリティ”に取り組んでいるという錯覚を覚えるのだ。

確かにスウェーデンを始めとした北欧諸国では、若者の失業率が高い。日本のように新卒一括採用のような仕組みの功罪はわからないが、スウェーデンにおいては若者はベテランに比べてスキルも能力も低いことが多く、結果として定職に就けず失業する人が多い。職務経験を積み熟練したベテランになる程、スキルも能力も高いので失業はしないが、そうした状態に至るまでに若者は多くの訓練や職場での経験を積まねばならないと言う。日本と比較するとスウェーデンは解雇規制は日本並みくらいの印象だが、日本に比べて職業訓練には力を入れている。そうだ、スウェーデンは「リカレント教育」発祥の地である。成人教育には他国に先んじて取り組んできているのである。

ストックホルムにあるTRRにて。Susanさんと共に。

スウェーデンのTRR(ホワイトカラー向けの再就職支援を行う業界団体=日本で言えば“産別労働組合”が失業者の再就職先を探しているようなイメージ)の方に話を聞いたところ、スウェーデンでは企業による労働者の解雇はなかなか難しいとのことであった。仮に解雇する場合であっても、能力に関係なく社歴が浅い人から順番にレイオフされるという慣習があるため、経験が浅い人ほど不安定な生活になるという。そうした人たち向けにTRRのような業界団体による再就職支援が充実しており、働く人にとっては一定の安心感を持って働き続けることができるそうだ。

こうした伝統的なスウェーデンの雇用政策に今、変化が生じている。変数は移民の存在である。とりわけシリアやアラブ諸国からの移民を受け入れたことが大きかったと言う。スウェーデン語はおろか、英語も読み書きできない層が流入してきたことにより、まずは言語をしっかり話できるようになる教育が必要となっている。そして職業訓練も行われるわけだが、やはり就くことができる職業は賃金が低いものばかりになる。その結果、移民の納税額は少なく、彼らの成人教育(主に語学教育や職業訓練)、生活基盤確立の支援に多額の財源が必要となっており、多くの国民がそれに対して不満を抱くようになった。そうして現在、スウェーデンでは右派政権が誕生し、どちらかというと移民等の弱者に対する締め付けが厳しくなってきていると言う。

リディンギョ市のannaさんとKajsaさんと共に。

リディンギョ市労働市場局長のannaさんは言う。「2023年11月から、月収28,000スウェーデンクローナ(2024年1月5日現在、日本円で約39万円)を得られない移民労働者は、企業や自治体から移民省に報告をあげないといけなくなり、スウェーデンに滞在し続けることができなくなる」と。この政策について教育者であるannaさんは反対の意見を持っている。こうした政策が推進される背景には、社会の大多数を占める層が一部の移民労働者に多額の支援を行うことに対する批判や、ホームレスや貧困者の増加の可能性、社会格差の拡大や社会的安定性に対する不安がある。「このままいけば、スウェーデンでは政府や家族からの支援も得られない多くのホームレスが増えることになる」と言う。従来は、失業者や低所得者といえば若者が中心であったが、そこに新たに移民が加わってきたのである。


4 スウェーデンは移民に対してどのような雇用政策をとろうとするのか?

冬のストックホルムで青空を見ることはほとんどできないそうだ。運が良かった。

変貌しようとするスウェーデンの労働政策。デンマークの”フレキシキュリティ”では労働生産性の向上と、成長産業の育成・イノベーションの促進を実現することができていたが、北欧の大国スウェーデンは今後、どのように高い労働生産性や、国民による高い幸福実感を実現していくのだろう。

視察初日、私たちはストックホルム市労働市場局のLindaさんとMarikaさんにお時間をいただき、ストックホルムの雇用労働状況についても伺った。Lindaさんは言う。

ストックホルムの居住地域による教育水準(Lindaさん提供)

ー「移民は物件費が安いストックホルム郊外に住むことが多い。そうした地域では教育水準が低いことが多く、私たちはアウトリーチ型で支援をしていかねばなりません。アウトリーチ活動に関しては、「働かないまたは学んでいない若者の年長グループ」、「20歳以上で仕事や教育に従事していない若者。または低い教育水準で労働に従事していない外国生まれの女性のグループ」です。いずれのグループも長期の失業のリスクがあります。アウトリーチ活動は、地元のアリーナで市と協力して、ターゲットグループを引き付けるイベントや活動を企画します。もちろん、デジタルとソーシャルメディアを活用してリーチアウトします。」

どのように行政はアウトリーチを行うのだろう。
ー「ストックホルムには「地域の母親(neighbourhood mothers)」と呼ばれる制度があります。これは、ストックホルム市に雇われている女性たちで、自分の地域の他の女性たちに知識を広め、スウェーデン社会に関する基本的な情報を提供し、実践的な問題に対するサポートも行います。」

アウトリーチで情報を届けたとしても、人材育成につながらなければ定職につながらない。
ー「スキル・能力を向上させることもします。短期の職業訓練コースであったり、成人教育と協力してより多くの人が成人教育に進むサポートであったりします。また、そうした訓練や教育が労働市場のニーズに基づいていることも重要です。ですので、雇用主がどのようなニーズを持っているかを知るための調査も行います。」

スウェーデンの教育システム(Lindaさん提供)

スウェーデンとしては、アウトリーチ型によるきめ細かいサポートを行っている。ストックホルム市だけで150名ものアウトリーチ専任者がいるとのことである。その業務内容は社会生活を営むための基本的な情報を草の根で広げ、そのネットワークを通じて職業訓練や語学教育等のプログラムを周知し、実際にサポートを受けてもらうように取り組んでいる。そしてそうした層に対してはまずは語学をしっかり学ぶ環境を準備し、その上で職業訓練のメニューを提供する。職業訓練メニューは産業界の声を反映したものになっているので、職業訓練を受講することによって就職に直結するスキル・能力を身につけられると言う仕組みになっている。

これらの財源はどのように準備されているのだろう。annaさんに聞いてみた。
ー「財源の一部にはEU基金などが用いられています。EU基金はイノベーションやサステナブルなどのテーマにファンディングしているが、雇用労働・社会福祉の分野(貧困や移民、人権、女性)にもお金を投じているのです。

お話を聞く限りにおいて、移民という変数が加わってもやろうとしている労働政策は、基本的にこれまでとあまり変わらないように感じたものの、これまで以上にアウトリーチをしっかり行っていくことを強調されていた。こうした施策の効果が結果として出てくるのは数年後になると思われる。EU基金などを活用しているのも着目すべきポイントかもしれない。東西ドイツ統一に関連して私は大学の卒業研究を今から25年ほど前に行ったが、古い記憶によれば東西ドイツ統一はドイツだけではなく周辺諸国の労働市場にも大きな影響を与えていた。ヨーロッパは陸続きなのだ。EUは生産性やイノベーションと共に、人権や雇用などにも共通の価値観を持つ国々が安定した社会を維持できるように務めている。

さて、スウェーデンの現在の労働政策はどのような成果を出すのだろう。一人当たり労働生産性や世界的に見て高い幸福実感が今後どのように推移していくのだろう。私も今後のスウェーデンの動向に注意しながらフォローアップに努めていく。

スウェーデンに21の地方と、290のmunicipalities(自治体)がある。



5 日本の労働政策への示唆

ストックホルム市労働市場局は、市中心部から南に車で10分ほどのところにあった。

2001年に大学を卒業した頃、社会は就職氷河期と言われていた。就職活動は苛烈を極め、世の中の大学生の四人に一人は就職できなかった。就職ができたとしても望む就職先とはかけ離れていて、志望順位で言えば自分の中では50位には入っていない企業からしか内定は頂けなかった。それは自分の努力や資質不足なのかもしれないから仕方ない。でも自分の友人知人もみんなそん感じだったし、社会全体がそんな感じだった。そんな時代の中で就職した人は不本意ながら仕事をしていたことや、超買い手市場だったので企業側も新卒者に強気だった。「嫌ならやめてもいいよ」と、今の時代では確実にブラック企業認定されることが横行していた。なんせ社員を家族扱いしていた松下電器でさえ大量解雇していた時代だった。

この就職氷河期世代の不遇は続く。ようやく雇用環境が持ち直してきたと思えばリーマンショック。その後は東日本大震災。2010年代後半になってようやく雇用状況も改善してきたが、その頃には彼ら彼女らはすでに30代後半を過ぎていた。キャリアアップを目指した再就職は年齢の壁にぶつかって思うように進まない。

今、日本の40代はぐらついている。本来は最も労働生産性も高まると言われてる年代を迎えているのにも関わらず。だからこの世代のキャリアの再構築が必要なのだ。

ストックホルム中心部の路地

"フレキシキュリティ"は、ここまで紹介してきたようにデンマークやオランダなどが採る国策としての雇用政策である。成長産業育成と職業訓練を両立するこの政策を日本も導入することができれば、日本の産業にも、日本の働く人にとってもプラスになるのではないだろうか。そうした思いをここ数年抱き続けてきた中で、ようやくコロナ禍が終焉を迎えつつある。2020年度から3か年にわたり、様々な自治体や労働局からお招きいただき、私は就職氷河期世代の活用に関するセミナー講師等を務めてきたり、厚生労働省が進めようとする事業にも企画・評価させて頂くポジションも務めさせて頂くようになってきて、このタイミングで、"フレキシキュリティ"の現場で感じたことや考えたことを世の中に発信し、日本の雇用政策にも一石を投じることができないかと考えた。

デンマークの”フレキシキュリティ”の取り組みと、スウェーデンモデルの雇用政策を現地で見てきたが、私が特に着目したのは、スウェーデンの移民への職業訓練等の施策である。

北欧にはそもそも「非正規」や「正規」と言う括りで、雇用形態が分かれていない。と言うか、世界的に見ても雇用形態が分かれている国は限られている。「常用」か「臨時」かの違いである。私はもう2000年代の昔から発言しているのが、「正社員」は何が“正しい”のかと言う疑問である。日本には昔から「総合職」や「一般職」、「キャリア採用」「ノンキャリ採用」のように採用段階でガッチリとキャリア形成のルートに差がつけられている制度があるが、こうしたものは中華圏を除き世界的には珍しいと思う。こうした概念が「人材派遣」のような比較的新しい雇用の仕組みと組み合わさることによって、1990年代以降、雇用形態の別による格差拡大につながっていったと見ている。そうした中にあって、スウェーデンの「移民」は、日本の「非正規」の問題と置き換えが可能なのではないかと考えた。

リディンギョ市の労働政策部門のトップannaさん(右)と、インターン生のKajsaさん(左)

日本における非正規(特に不本意非正規労働者)の特性として私が感じるのは、
・一時的もしくは短期的な就業であることを前提として、「比較的簡単な仕事を任されることが多い」
・一般職やノンキャリ採用のように「仕事内容は言われてやる仕事。正社員をサポートする仕事が多い。」
と言うことである。もちろん、流通業界や警備、運送といった業種などでは非正規労働者が正社員と同様に働いているが、賃金水準やキャリアルートは大きく異なることが多い。リディンギョ市のannaさんは、「同一労働同一賃金は人権」と述べていたが、こうした考え方は異端なのだろうか。

スウェーデンにおける移民も日本の非正規労働者と同様に、「比較的簡単な仕事を任されることが多い」ことや、「仕事内容は言われてやる仕事やサポートする仕事が多い」ようだ。

非正規であっても正規であっても同一労働同一賃金を実現すると言うのは、若干政治的なインプリケーション(提言)にも聞こえてしまうかもしれないが、”同一労働同一賃金”というワードが持つパワーやメッセージ性に収斂してしまうのではなく、非正規という就労形態を通じて能力やスキルを磨く機会が制限され、年齢と共にその機会格差は所得格差、生活格差につながっていくと言うこと今一度、確認することが必要だ。

そして社会課題解決の先進国であるデンマークやスウェーデンでは、優れた職業訓練の仕組みを官民共創により実現し、それが人の成長、ひいては産業の成長、そして社会の幸福実感につながっている。そうした好循環の仕組みを日本でも選択することは可能である。望む人はすべて成長産業で働くための能力、スキルを身につけられ社会を日本で実現できないだろうか。そのためには、産業界のニーズに応じた職業訓練メニューの開発と、その職業訓練を受けるメリット、インセンティブ、責務(responsibility)として雇用システムの中に組み込まなければならない。そうした施策の先に低所得、低成長機会で苦しむ多くの人たちの笑顔が私には見えるのだけども。

視察初日の夜は3人でノルディック伝統料理をいただいた。



◇筆者プロフィール
藤井哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX 代表取締役/SOCIALX.inc 共同創業者
1978年10月生まれ、滋賀県出身の45歳。2003年に若年者就業支援に取り組む会社を設立。2011年に政治行政領域に活動の幅を広げ、地方議員として地域課題・社会課題に取り組む。3期目は立候補せず2020年に京都で第二創業。2021年からSOCIALXの事業に共同創業者として参画。
京都大学公共政策大学院修了。日本労務学会所属。議会マニフェスト大賞グランプリ受賞。グッドデザイン賞受賞。著書いくつか。
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