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鳥居希・矢代真也・若林恵監訳『The BCorp Handbook よいビジネスの計測・実践・改善』(2022年)を読んで。

「新しい資本主義」という言葉が、昨年の自民党総裁選前後から急に空から降ってきた。結局のところ、新しい資本主義というのは、株主だけではなく、ステークホルダーすべてを巻き込み、そうした関わる人すべてに恩恵を与えることを是とするものなんだろうと理解をしている。

1980年代から続いた「小さな政府」志向では、行政も立ち行かなくなり、おいてけぼりにされた社会からの反乱により、行政は孤立感を深めている。大きな政府でも小さな政府でもない、新しい統治スタイルがいままさに、実験されているところである。それが、「プラットフォームとしての行政」であり、「小さくて大きい政府」であろう。

そうした「プラットフォームとしての行政」が基盤であるならば、日本にも押し寄せている、ステークホルダー資本主義とも呼ばれるこの新しい概念は、ソフトを動かすOSにも例えてもいいかもしれない。

本書でも紹介されている通り、これまでの資本主義が悪いとか、ステークホルダー資本主義が正しいというのではなく、どちらにせよ社会から求められることが重要であり、大きな流れの中では、いまはステークホルダー資本主義が社会から求められているといっていいのではないだろうか。

日本においても、社会課題をみんな解決しようという機運が徐々に浸透しつつある。行政頼み、お国頼みだった従来の社会の安定感を、国民主権を有する日本においても国民が責任感を抱いて、取り組もうとしている。

本書は、諸外国で取り組まれている「B Corp™」のガイドブック、ハンドブックである。ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルーシブ(包摂性)をアセスメントし、80点以上の法人をBCorpとして認定している制度の紹介であり、その認定を受けるための赤本的な一冊。

冒頭、Bcorpとは何かについて、宣言文が掲載されている。

B Corp™️相互依存宣言
わたしたちは、ビジネスをより良い社会をつくるための力として用いるグローバルエコノミーを目指しています。パーパスドリブンで、株主だけではないすべてのステークホルダーに恩恵をもたらす新しい会社=B Corpによって、この経済圏は成り立ちます。B Corp、そしてこの新しいエコノミーの先達として、わたしたちは以下のことを信じています。
・自分たちが目指す変化そのものであること
・すべてのビジネスが、人間と風土に関係あるものとして営まれること
・プロダクトや実践、利益を通じて、ビジネスが誰も傷つけることなく、すべての人やものにとってベネフィットとなること
・これを実現するために、自分たちが互いに依存関係にあり、それゆえにお互いと未来の世代に対しての責任があることを理解しながら、すべてを実行すること

p1

本書では、ダイバーシティ、エクイティ、インクルーシブの3つの視点において、「クイックアセスメント」として設問がつけられている。その設問に対してどのように対応するべきかを事細かに記載されている。

日本でも、社会的責任ある活動を行う法人を従来の株式会社等とは別に、新たな法人形態をつくろうとする動きが出てきている。「パブリック・ベネフィット・コーポレーション」(PBC)として水面下で議論が進む。海外では、「ベネフィット・コーポレーション」として法制度化されている法人形態である。BCorpとベネフィットコーポレーションは厳密には異なる。が、同じようなビジョンを持っていると考えられる。

以下、ベネフィットコーポレーションに関する記載である。

ベネフィット・コーポレーションは、資金調達や経営陣の交代を経たとしても会社が当初のミッションを守ることができるように設計されており、起業家や役員が、潜在的な会社の売却や流動性の選択肢をより柔軟に評価できるようになっています。法的な要件は以下の通りです。
・役員と幹部職が、意思決定において、株主だけでなくすべてのステークホルダーの利益を考慮することを法的に保護する
・株主がもつ追加の権利として、役員と幹部職に、株主だけでなくすべてのステークホルダーの利益を考慮する責任を負わせる
・株主に対してのみ適用してきた権利を制限する

p197

今後、日本においても「新しい資本主義=ステークホルダー資本主義」が本格的にディスカッションされていくだろう。その下敷きになる一冊ではないだろうか。

本書は本文はそれ自体で価値あるものだと思うが、それと同等か、それ以上に巻末にある若林恵氏による「あとがき」が読みごたえがある。

社会はみんなでつくろうというものであり、ラストワンマイルの仕事を社会性を持ったものとして評価していくことができるか。本書が投企しようとする課題としての「現在」は、輪郭をしっかり映し出すことによって、新しい「未来」への動機づけになるのではないかと思う。

サービスが手に届く最後のラストワンマイル(あるいは、それよりもっと範囲の狭い数百メートル、数十メートル)においては、結局受け手側の誰かが自発的に動かなくてはならなかったりもする。困りごとのすべてがソリューションとしてサービス化され、AmazonやUberのように即座に手元に宅配されるわけではない。

p221

市民にとっての「仕事」
それは別の言い方をするなら、市民社会における「市民の責務」というものと関わる話でもある。仕事をして税金を払ってりゃそれで即「市民」と言えるのかどうか、もっと積極的に社会と関わって、自分たちの生活環境を自分たちの手でより良くしたり身の回りの困りごと解決したりするのにコミットしてこそ「市民」だというなら、きっとそうに違いないだろうし、そうあるべきだとも思う。わたしたちはすべからく、どこかの自治体に属する市民であり、どこかの国に属する国民でもある。そこが民主主義国家であれば、主権は自分たちにあったりするから、自分たちが生きる環境の良し悪しをめぐる責任は、ひとえにわたしたち自身にある。その責任をまっとうせずに、ぶうぶうと文句ばかり言っているわけにはいかない。

p222

社会とちゃんと関わっていくためには、それに先立つお金がいる。とするなら市民として生きていくための第一のプライオリティはまずもって「賃金労働」にあるということになってしまう。と言いながら世の趨勢が「仕事ばっかりしているな」という方向に傾きつつあるのだとしたら、わたしたちは「仕事」や「ビジネス」と呼んでいるところのものをいったいどう考えるべきなのか。仕事は市民としての活動をするための原資を得るための単なる「役」に過ぎないということになるのだろうか。

p222

これは、たとえば、わたしたちにとっての「仕事」は「パブリック(公的)なもの」なのか「プライベート(私的)なもの」なのか、あるいは政治主体としての「市民」であることと「経済主体」として仕事をすることは、わたしたちのなかでどう折り合っているのか/いないのか、といった問いとして問い直すことができるかもしれない。

p223

おそらく80年代を通じて起きたそうした変化によって、やがた「仕事」は「『消費を通じて得られる幸福』を実現するためにする活動」という二義的なポジションへと格下げされ、同時に、どんどん「プライベート」な領域に関わるものとして認識されるようになっていったのではないか。ありていにいうと「仕事」は「自分探し」や「自己実現」の道具でしか無くなっていったということだ。

p224

「仕事」というものをどう扱っていいかわからないまま30年も40年も漫然と生きてしまってきたと思えば、日本経済が浮揚せぬままいつまでも低空飛行を続けていることに何の不思議もない。

p224

ビジネスは本質的に「仲間探し」でもある。経済学者のハイエクは、社会を動かしているメカニズムを説明するにあたって「エコノミー」ではなく「カタラクシー」という言葉を用いたが、ギリシャ語に起源をもつこの語は「交換すること」「コミュニティに入るのを許すこと」「敵から友人へと変えること」を意味するのだという。社会に至るところで人と人が何かを交換したり、コミュニティに人が出たり入ったり、敵だった人が味方になっていったりする局所的でマイクロな動きが、結果として総体としての社会にかたちを与えることになるとハイエクは考えた。そして、ハイエクのそのアイデアの根底には、社会全体を俯瞰し全的に把握した上で、その動きを管理したり計画したりすることが人間にはできないという見方があった。

p226-227

ビジネスや仕事を成功させるために仲間が必要だと言っているのではない。ここで重要なのは、見知らぬ仲間と出会おうとする欲求が、新しいビジネスやこレまでと違ったビジネスを生み出すということなのだ。その順番を間違えると「仕事」は、途端に「意義」や「やりがい」や「何のために働くのか」という不毛な問いの答えを求めて、再びさまよいだすことととなる。

p227

サルトルに倣っていうなら、わたしたちの仕事は、未来に向かって自分を投げ出すようなものであるのがきっと望ましい。ビジネスや仕事が、自分をそこに投げ出してもいい未来として描かれるとき、それは喜びや豊さをもたらすものとして、社会と個々の人生の双方のなかに、再び勢いよく流れ込んでくることになるのかもしれない。

p227

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◇プロフィール
藤井哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX 代表取締役/SOCIALX.inc 共同創業者
1978年10月生まれ、滋賀県出身の43歳。2003年に若年者就業支援に取り組む会社を設立。2011年に政治行政領域に活動の幅を広げ、地方議員として地域課題・社会課題に取り組む。3期目は立候補せず2020年に京都で第二創業。2021年からSOCIALXの事業に共同創業者として参画。現在、社会課題解決のために官民共創の橋渡しをしています。
京都大学公共政策大学院修了(MPP)。京都芸術大学大学院学際デザイン領域に在籍中。日本労務学会所属。議会マニフェスト大賞グランプリ受賞。グッドデザイン賞受賞。著書いくつか。
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