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自立と自律 55歳で大企業を退職した上水樽さん

「晴れた日は会社を辞めたい」。夕刊フジ「定年起業への挑戦」に寄稿した記事を一部編集してお届けする。上水樽文明(うえみずたる・ふみあき)さんは、新卒からずっと勤めた企業を55歳で退職し、合同会社オフィスTARUを立ち上げた。その企業のことは大好きだったにもかかわらずだ。

 その理由のひとつは「親の介護」

「会社についてはいい思い出しかありません。辞めなくてもずっといられたでしょう。しかし九州で暮らす親の面倒を見たかったことです」

 上水樽さんは九州と往復しながら、お母さんの面倒を見続けている。それは独立して、自分のスケジュールを自分で決められるようになったからできることだろう。

 もうひとつは、「75歳まで働きたかったこと」

「自分が抜けることにより後進にもっとチャンスを与えたいこと、そして自分は70歳、いや75歳まで働きたい。それなら、元気なうちに再スタートしたいと思ったことがあります」(上水樽さん)

 75歳まで働くには、まだ50代のうちに独立した方がいいと考えたのは、50代の精神力・体力と比べて、どうしても60代になったらがんばりがきかない。それなら今の時点で退職しようと上水樽さんは決めた。会社に不満のなかった上水樽さんを引き留める声も多かったそうだ。中には「なんで?」「どうして?」という声もあった。

 しかし、現在60代に入り、同僚が定年を迎えてくると、「気持ちがよくわかった」「上水樽はいいなあ」と言われるという。上水樽氏は生き生きして元気に見えるからだ。

 独立したら「自由」を得られる。しかし、何もしなければ何も生まれない。1日寝転がっていても誰にも怒られない。サラリーマン時代と違うことは、「自分を律すること」だと上水樽氏は言う。

そのために上水樽さんはレンタルオフィスを活用している。

「自宅で仕事をするのでは、なかなか自分を律しきれませんね(笑)。やはり毎日出かける習慣、業務や商談を行う『場』があった方がいいのではないでしょうか」

ちなみに上水樽さんのご子息は、気鋭の音楽家・プロデューサーである上水樽力氏だ。やはり、独立のDNAがご子息にも宿っているのだろう。

合同会社オフィスTARU

上水樽力公式サイト

※一部記述を修正しました(2021.4.11)

人によって幸せの基準はいろいろ違うと思いますが、「仕事が楽しい」というのはかなり幸せの中でも大切なところにあると思います。どうしたら仕事が楽しくなるかを毎日考えてきた小さな会社の代表です。