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2011年3月、幻になるはずだった卒業式。

新型コロナウイルスの影響で、様々なところで経済的にも精神的にもダメージが大きく、経済復活は時間がかかると思いますが、自分にできることはないかと皆さん少しずつ動き出したところだと思います。

社会への兆しが少しずつ見え始めたそんな中で、我々早大生の青春が詰まった「高田牧舎」が期間限定で伝統の「ハヤシライス」を復活させるというニュースを聞いたのはつい数週間前。早速オンラインで購入して、ハヤシライスの到着を待つ中で、店主の藤田智紀さんから購入者に向けて送られてきたメッセージを読んでいたら、当日の懐かしい日々が蘇ってきました。(店主の藤田智紀さんからのメッセージは後述)

私の想い出の店、早稲田「高田牧舎」

高田牧舎は、明治38年にミルクホールとして創業した後、レストランとして生まれ変わり、100年以上たった今も西早稲田キャンパス南門前で営業されています。

歴史があり格式も高いため、大学の教授が贔屓にしている印象が強く、ゼミの親睦会や体育会の壮行会、稲門会(同窓会)などで利用されることが多い昔ながらの老舗洋食店でしたが、時代のニーズに合わせて少しずつ進化を遂げ、5年ほど前に洋食を辞めてpizzeria TAKATABOKUSYAとして釜焼きピザをメインに、現代の学生も利用しやすい雰囲気になりました。

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(戦前の店鋪。空襲により、失われてしまったそうです。)

私が早稲田に通っていた頃(といってもほとんど真面目に授業に出ず、NPOでのインターンや大学サッカー連盟の仕事などに勤しんでいたので、きちんと大学の授業に通ったのは、大学5年目の時)、高田牧舎はランチとディナータイム営業だけですが、たしか水曜日の夜限定で「牧舎Bar」というものが仲間うちで開かれていて、そこにお邪魔したのが始まりだったと思います。
牧舎Barに行くと、最初はカウンターに知らない人が座っていても、一晩同じカウンターで飲むといつの間にか飲み仲間になっていて、ふらっと一人で行っても楽しく飲める場所でした。ビールやおつまみに加えて、たまにマスターの智紀さんが「これ開けちゃおっか」とワインを開けてくれたり。なのに「今日は500円でいいよ〜!」と学生の我々にいつも優しかった...
そんな日々が積み重なり、いつの間にか高田牧舎は仲間との集いの場となっていったのでした。

2011年3月、幻の卒業式


そして一番の想い出は2011年3月。誰もが忘れることのない未曾有の災害が起こりました。
今年も、新型コロナウイルスの影響で卒業式や入学式が中止となりましたが、当時は震災の影響で、卒業式なんてやっている場合ではないという自粛ムード。
もちろん我々の卒業式も中止。物理的には集まれるのに、集まること、祝うことを禁じられたような雰囲気でした。家族を失った友人もいましたし、それどころではない、しょうがないと諦めていた記憶があります。

しかし、仲間の数人が高田牧舎の智紀さんにその事情を話したところ、「うちを使ってくれていいよ」と、高田牧舎を我々の卒業式の場として提供してくださったのです。オフィシャルの卒業式こそなかったものの、高田牧舎の店内に卒業生や保護者が集まれる座席を作ってくださり、我々のオリジナルの卒業式を執り行うことができたのです。卒業式さながらに送辞や答辞も行い、そしてお祝いの言葉は高田牧舎の智紀さんからいただきました。一生に一度の大学の卒業式、晴々しく早稲田の地から巣立つことができたのは、高田牧舎のおかげ。
卒業から10年経った今も、高田牧舎は我々の集いの場となっています。

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(実際の卒業式の写真。ともにモラトリアムを過ごした5年の会のみんなと。みんなめちゃくちゃ良い顔してる。)


高田牧舎が伝統のハヤシライスを復活させるニュースは、そんな私の大事な思い出を蘇らせてくれました。残念ながら私は高田牧舎のハヤシライスを食べた記憶はないのですが(笑)、そのうち届くハヤシライスを気長に待ちたいと思います。

本当は、早大生時代に実際にハヤシライスを食べただろう70歳くらいの早稲田OB・OGにこの情報を届けられたら一番いいのですが、おそらくSNSだけではその層には届かないのでしょう。もどかしいです。

早稲田OB・OGの皆さんは、是非こちらからご購入ください。
ハヤシライスを食べながら、みんなで早稲田の思い出に浸りましょう。


下記、ハヤシライス購入者に向けたメッセージを転載させていただきます。
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高田牧舎 代表 藤田智紀と申します。

この度は、わせまちマルシェで、高田牧舎ハヤシライスをご購入いただき、ありがとうございます。
5年ほど前から、高田牧舎は洋食をやめ、pizzeria TAKATABOKUSYAとしてピザをメインに営業しております。ピザ、イタリアンという新しい分野を模索しながら始め、5年経ち少しずつ形になってきました。そこで去年ぐらいから、洋食時代のシェフと一緒に、洋食時代のメニューをもう一度復活させようと考えておりました。その表現する場所として、もともとは2号店という形で、早稲田の街にもう1店舗、洋食を提供するお店と考えていましたが、この新型コロナの影響もあり、先送りすることになりました。
新型コロナの影響で売上も半分以下に落ち、何かできることはないかと考え、たどり着いたのが冷凍のハヤシライスのネット販売でした。
そんな中、知り合いの木暮さんから声がかかりわせまちマルシェの話を伺い、掲載させていただくことになりました。ハヤシライス自体は昔メニューとしてやっていたものですし、材料も全て手に入るため復活させるのは容易でしたが、その他、諸々の準備に時間がかかっております。申し訳ございませんが、
もともと、6月下旬の発送予定でしたが、もう少しお時間いただけたらと思います。7月の頭にもう一度ご連絡をさせてください。

※高田牧舎は、私の代で4代目となります。私の大おばにあたる、故藤田英子が洋食時代の高田牧舎をずっと支えてきました。昭和62年頃までの蔦が茂る2階建ての建物の時代です。こんな状態になっても、長い年月が経っても、多くの早稲田OB、OGの皆様から支援していただけるのも大おばのおかげだと思っております。生前、彼女に高田牧舎の名前の由来について話を伺いました。本来高田牧舎は、タカダではなく、タカタなんだと。もともとタカタ町という場所に廐舎を建てたことが始まりなんだと。それがいつの頃からか、タカダボクシャと呼ばれるようになり、今に至ると。もともとタカタなのが、間違えてずっとタカダで呼ばれていたのかと驚いたのを覚えております。
現在、Pizzeria TAKATABOKUSYAとなっているのはそのためです。正直、今もなれずに、お電話でも「はい、タカダボクシャです」と言ってしまっていますが・・
今後とも高田牧舎を宜しくお願い致します。

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