見出し画像

日本の不動産価格は高いのか

先日、ある経営者様から聞いたお話です。同経営者様は、前日に不動産の打ち合わせを業者の方としたところでした。業者の方が言うには、「最近はアジアの人からの問い合わせが多く、値段についてやり取りすると「安い」という人も目立つ」とのことです。

このことについて考える上で、7月7日の日経新聞記事「近隣国から投資資金が流入 過熱する不動産市場」の内容が参考になりそうです。不動産価格が上がり続けていて、特に首都圏のマンションは住みたい人が買えないものになっていっています。そのことについて違った視点から考察している内容です。

同記事の一部を抜粋してみます。

まず過去の住宅価格高騰の事例と比較してみよう。1980年代後半の日本のバブルは日本だけの現象だった。2008年の世界金融危機に至る米国のバブルも欧米などの限られた国の間だけで連動しており、東京では長期的な不動産市場の停滞から回復しようとしていた時期に当たり、価格高騰とはほぼ無縁だった。

だが10年代以降は、世界の主要都市間で連動して同時に住宅価格が高騰している。筆者も参加して整備してきた国際的な住宅価格指数データベースによれば、22年末の世界平均の住宅価格指数(10年=100)は181となった。地域別には香港225、米国・カナダ215、ドイツ183、英国・オーストラリア170、シンガポール141に対し、日本131だった。

さらに22年には、一橋大学、シンガポール国立大学、香港大学、パリ第9大学の共同プロジェクトで、平均年収に対する主要都市の住宅価格の比率を調査した。東京都区部のマンション価格は平均年収の15倍を超えている。北京や上海では25倍、ソウルでも20倍近くに達する。一方、欧米の大都市では10倍以内に収まっており、アジアでの住宅価格高騰は深刻な状況にある。

これほど高価格の住宅を誰が手に入れているのか。重要なのが、住宅が耐久消費財としての側面と投資対象としての側面の2つの性質を持つことだ。住まいというサービスの消費で効用を得られるうえ、そのサービスは数十年以上享受できる。一方で、貸し出せば家賃を稼げるし、ときには値上がり益も得られるため、株や債券とともに有力な投資対象となる。

近年、世界の大都市で価格上昇が続くのは、投資対象としての側面が強い大都市中心部の高品質の住宅だ。投資資金は国をまたいで移動し、その連動性が強まっている。

投資家行動としては、まずは自国の住宅に投資しようとする。だが自国に魅力的な投資先がなければ、より魅力の高い他国の住宅への投資を模索する。「重力モデル」と呼ばれる枠組みで、物理的な距離により移動が低減していくことを説明するものだ。世界50都市の投資家の投資先までの距離を10分位でとり、距離帯別の国同士間での取引件数を見ると、距離が長くなるほど件数が低減していく。

国外からの不動産投資を規制する都市や国も出てきているが、そうした規制が資源配分に大きなゆがみをもたらすことは経済学の基本原理からも明らかだ。高すぎるマンション価格を憂うのではなく、国際的な競争力維持のためにも日本への投資の摩擦を小さくする必要がある。国際的な資金の受け入れ先として選択されるための政策を推進していくことが重要だ。

上記の示唆から3点考えてみます。ひとつは、日本の不動産価格は国際的な尺度でいうと高くない(むしろ安いかも)ということです。10年前からの価格が諸外国ほどには上がっていないことが分かります。

日本は物価が安い国だという認識が、しばらく前から定着しつつあります。その物価の安さが、不動産価格についても当てはまるということです。

2つめは、耐久消費財としての側面より投資対象としての側面の影響が高まっているということです。

これは、経済のグローバル化が影響していると言えます。昔に比べて、情報が国を超えて得やすくなり、資金移動もスムーズになってきました。それによって、有力な投資案件は、より多くの投資家に知られることになったというわけです。よって、他国と比べて相対的に安い不動産案件には買い手候補が多くつき、価格が吊り上がるということになります。

しかし、このことも不動産だけというわけではありません。他の商材や投資案件も同様です。近年では、人であっても同じです。国境を越えて移動し、国境を越えて雇用する動きは、年々強まっています。

3つめは、上記2つの点とも関連しますが、自分の基準や感覚で物の値段を考えるべきではないということです。

確かに、特に東京近郊のマンションは、平均年収の15倍超ということで、一般的に購入できる金額ではなくなってきています。しかしながら、世界を見てみるとアジアの都市には、東京以上に地元住民が買えない価格がついているエリアもあるわけです。東京が特別というわけではありません。

そして、その値段もまだ、世界全体で見ると割安というわけです。冒頭の外国人の買い手のエピソードは、まさにその表れだと考えることができます。

国防や国民生活の基本インフラに直結する土地や施設等は別ですが、そうでない不動産については、同記事は取引規制をすべきではないとしています。確かに、仮に規制を敷いて取引価格をゆがめた場合、冒頭のデータを参照すると、10年もたたないうちに国内の不動産価格はガラパゴス化してしまいそうです。

東京都心部のマンションを中心に、日本に住む人にとって不動産価格は高く、買いにくいものになっていることは確かです。そのうえで、それは韓国、中国などアジア他国にも当てはまる話です。私たちが考えるべきは、不動産価格低下を期待することではなく、国内の経済活動と人材の付加価値を高め、平均賃金を上げていくための取り組みということだと思います。

物の値段は自分(自分たち)がどう感じるかで決まるのではなく、相手、それも今では世界全体がどう感じるかのメカニズムで決定されているにすぎないということを、認識しなければならないのだと感じます。これは、経営・マネジメントを考える上で、とても大切な視点だと思います。

<まとめ>
物の値段は、すべての消費者・市場参加者が投票した結果で決まる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?