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MGCでの設楽の走りは、まさに東京オリンピックの試金石と言えるものだった

東京オリンピックのマラソン代表を決めるMGCが終わった。

結果は、中村匠吾の粘り勝ちだった。

事前の予想通り、市ヶ谷からの上り坂が勝負の分かれ目となり、富久町の坂で中村の勝利が決まった感じがした。

富久町で見ていたのだけど、中村の力強い走りに比べ、すでに37キロ過ぎで後ろからの集団に飲み込まれ、ここまでの間に遅れてしまった設楽の走りは、もう疲れ切っていた。

悲しいくらいにその走りに力はなかった。

わずか2時間ほど前にこの坂を下って行ったときの自信満々の走りとは全く異なるものだった。

しかし、私には、その背中に日本マラソンの未来が映されているように見えた。

今日、MGCで設楽悠太が目指したのは、この大会に勝つための走りではなく、その先にある東京オリンピックで勝つための走りだったのではなかったのだろうか。

1キロ3分でスタートから走り続けても、42.195キロ先では、126分強。つまり2時間6分が切れない。今や世界記録が2時間1分台である以上、このコースがどんなものであろうと、2時間6分を切るようなタイムで勝負できなければ、勝つことはできないだろう。それが、コースの下見をせずにMGCに臨んだ設楽の覚悟ではなかったか。

設楽自身は東京マラソンで日本記録を出しているので、コースのほとんどは分かっている。ただし、スタートからの2キロと最後の2キロを除いては。

そして、設楽の予想よりも坂はきつく、スタートで突っ込んだ分、最後まで足が持たなかったという評価になるのだろう。

でも、この大会で勝って代表になったからといって、東京オリンピックで求められる、世界を相手にしての勝利が実現できるタイムだったのかと言われれば、2時間11分台では期待は薄い。

設楽悠太は、目に見えない世界の走者と戦って、そして破れた。

そう考えると、設楽悠太の走りこそ、東京オリンピックのマラソンにおける試金石そのものだったと言えるのではないか。

残念だったけどね。



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