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「罠の戦争」第十話感想「そして誰もいなくなった」


第十回の骨格

 いよいよ最終回直前回。ストーリー的にはクライマックスへの助走だろうが、それにしては内容が濃かった。
 今回は怪文書をめぐる物語である。
 幹事長職を辞した鶴巻は、それでも実質幹事長として官邸に出入りし、鷲津への攻撃を止めない。そのため、亨は怪文書の発信先を鶴巻だと確信し、総理に鶴巻殲滅を誓う。
 地元との付き合い、陳情の受付などを放棄し、鶴巻の弱点探しにやっきになった亨は鶴巻の次男が経営する会社が、九州新空港の建設疑惑と関係していることを突き止める。鶴巻憲一が国土交通大臣をしていた時代の疑惑だ。
 証拠を手に入れた亨は意気揚々と総理に報告に行くが、あっと言う間に裏切られる。総理と鶴巻は裏で手を打つ。疑惑には手を出さない代わりに、鶴巻も政界かから引退するという合意だ。鶴巻は感動的な引退記者会見を開き、なおも影響力を残す。総理も鶴巻の「秩序を守る力」は認めており、影響力を低下させた上でその力を利用しようと考える。
 怪文書は止まらない。
 鶴巻派が発信源ではなかったとわかり、亨は疑心暗鬼に陥る。仲間を疑い、盟友である鷹野を疑う。とくに鷹野は厚労省副大臣というポストを漁夫の利として得ており(本来は自分がもらうべきものと亨は考えている)、ふたりの仲は決裂する(亨が一方的に喧嘩を売った)。
 第十回終了間際に「ほかの人が疑われるの、気の毒だなと思って」真犯人が登場する。蛯沢眞人である。第九話の感想で記した「伏線?」のとおり、小鹿が通るの机でパスワードのファイルを発見したとき、蛯沢はファイルの下に隠してあった陳情書を見つけていたのである。いまになって怪文書を書き出したのは、仕事をしなくなり、権力闘争に明け暮れる亨を潰すためだ。
 およそこれだけの事実が怪文書を中心に描かれる。

鶴巻憲一、政治を語る

 幹事長職を辞して口が軽くなったのか、今回は鶴巻の口から直接政治が語られる。辛口である。
 鶴巻の現状認識は「この国の人間は気分でしか政治を考えない。不満をいうだけ。あとは国がなんとかしてくれると思っている」というもの。
 そして、自分の役割は秩序の維持だという。「不満が溜まりすぎてガス抜きが必要になったら、総理を変えてやる。それで意見が通ったと満足するわけだ。あの連中は。だから私は決してトップには立たず、首をすげかえる連中を用意してきた。そうやって秩序を守ってきたんだ」
 亨は「引退と引き換えに息子さんに継がせる約束ですか。そうやってあなた方はいつも権力にしがみついて」と反論するが、亨の現在の姿がよく見えている鶴巻は、
「同じだろ。君だって」
 と一刀両断にする。
「聞いているよ。いじめや犯罪被害者を助けているって。気持ちいいだろ、力を使って誰かを救うのって。そうなんだよ。気持ちいいんだ。誰かのために善をなす。でも、そのためにはもっと力が必要になる」
 力、力とそればかり口にしている亨ははたして自覚しているかどうか。
「いくつかの善を重ねるうちにいつかそれが悪と呼ばれるようになる」
 と鶴巻は名言を吐く。いままでで一番いい台詞ではないだろうか。そして、結論。
「君もすっかり囚われているんじゃないか、権力という魔物に」
 これで亨が鶴巻化していることがはっきりした。
 鶴巻という「政治の形」がはっきり示されることで、竜崎総理がその価値を認め、亨の暴走を止めた背景が理解できる。
 岸部一徳と草彅剛の演技は圧巻であった。とくに岸部一徳の長台詞が素晴らしい。圧倒的な印象が残る。今回は間違いなく岸部一徳回である。

蛯沢の植物ネタと怪文書の行方

 恒例、蛯沢眞人の植物ネタは、竹の花である。竹の花は滅多に咲かない。これはわりと一般に知られていることで、おたくネタというには浅いが、蛯沢は亨のことを竹のような人だという。なぜなら、ぐんぐん伸びて、しなやかで折れない。
 このネタがあとで生きる。最後の怪文書にこんな文言があるからだ。
「しなやかで折れない鷲津は権力という花に夢中」
 まさに二人しか知らない情報。
 これでようやく亨は怪文書の犯人を知る。
 ふたりは早朝の事務所で対決する。蛯沢は兄の陳情をスルーしたのが鷲津だと知ってすぐに「鷲津亨潰し」に走ったわけではない。鷲津が「仕事」をしなくなって、これでは犬飼や鶴巻と変わらないと判断して、怪文書を書き始めたのだ。
 犯人を見つけた亨は激昂することなく、静かに話を聞いている。この続きは最終回に持ち越しだ。
 この時点で蛯沢も亨も「蛯沢の兄を死に追いやったのは鷲津」という認識をしているが、これが真相かどうかは最後までわからない。というのも、この情報をもたらしたのは蛍原であり、亨の記憶にはないからだ。一度聞いたことは忘れないという亨の性質と相反する出来事なのである。

ただひとりの身ぎれいな人

 女性支援NPOに若い女性がたずねて来る。
 なにも言わずに帰ろうとする女性を可南子が追いかけ、自分の過去を語る。
 たびたび回想シーンに出てきたビルから飛び降りる若い女の子。彼女は可南子の友人だった。おそらくいじめにあっていたのだろう。彼女は「もう大丈夫」と言い、笑顔を見せる。可南子が安心した夜、彼女はビルから飛び降りる。
 その子に似ていると言い、可南子は女性から話を聞き出すことに成功する。性被害者であった。
 何度も繰り返される暗い映像から、可南子のブラックな側面が明かされることになるのではないかと思っていたが、この程度で収まるということはミスリードであったか。
 可南子が理想的な女性として描かれる一方で、地味に隠れている女性がいる。秘書の蛍原梨恵である。
 鷲津を嫌っている熊谷記者は鷹野に頼まれ、新聞社時代に没になった特大のネタを鷲津事務所に持ってくるが、渡す相手は蛍原だ。熊谷が蛍原には気を許していることがわかる。蛍原だけがまだ汚れていないのだ。虻川のパワハラの一方的な被害者として描かれ、そのあとは亨の忠実な部下として命令に従っていただけ。自分から悪いことはなにもしていない。
 最終回で亨が失脚し、蛍原が後を継ぐ可能性は低くない。亨が犬飼の後を引き継いだように。

どうなる大義名分

 大義名分は大切である。
 亨は「弱い者の味方」という旗を掲げた。
 だからこそ、新人議員の身で総理補佐官のポストまで昇格した。
 外(一般人)からどう見えているかは別として、内ではすでに亨の大義名分は崩壊している。泰生からは「お父さん、格好悪い。最低」と言われる。可南子には「鶴巻化」を見破られ、距離を置かれている。
 蛯沢は反乱を起こした。熊谷記者は亨を見切った。貝沼も政治家としての亨の姿勢に首を傾げている。態度を保留しているのは蛍原だけだ。
 亨の利用価値を認めていた総理も距離を置くようになり、鷹野は亨のほうから縁を切った。
 味方と呼べる人間は残っていない。
 家族もチーム鷲津も機能不全に陥っている。
 この状態からの逆転劇とはなにか。終着地にはなにか希望があるのか。
 最終回にも罠があるというが、もはや誰に罠を仕掛けるのか、相手さえ想像できない。3月27日の最終回が楽しみだ。

(了)

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