大脱獄

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 殺人犯として刑務所に送られた渡辺優司は、所内を逃げ回っていた。
 そのあまりの美貌、かわいらしさが災いして、あらゆる男から求愛されたのである。一瞬でも眠ろうものならすぐに犯されてしまいそうだった。
 猫男の優司にとって、睡眠不足ほどつらいことはない。
「シャーッ」
 ついにキレて、手当たり次第に顔をひっかきまくった。
 爪が長いから、やられたほうはただごとでは済まない。軽くて一生残る傷、悪ければ目が潰れた。
 そのたびに独房送りになる。独房こそが、渡辺優司の唯一の憩いの場所となった。
 優司は混乱した。人を傷つけてはならぬと言われ、傷つけることでしか憩いの場が得られぬ。
 もちろん、刑務所内の混乱はそれ以上だった。優司に近づいてはならないと知りながらその顔を見たとたん、ついふらふらと襲いかかっては死にかかってしまうのである。それは囚人だけでなく、看守も同じことだった。
 この刑務所から出所する者たちはみな顔やら腕やらに深々とした爪痕をつけており、優司傷と呼ばれて物笑いのタネとなった。
 優司はとうとう、所長室に呼び出された。
「一生独房入りにしてくれたら楽なのに」
「こいつはもう一生独房に閉じこめておこう」
 お互いにそう思っていたのに、出会った瞬間、所長は乱心し、優司は所長の首を噛み切っていた。
「あーあ」
 優司はまだ死にきっていない所長の手をとり、パソコンの指紋認証をくぐり抜けて、刑務所を開放してしまった。
 こうして、日本の刑務所史上に例のない大量脱獄が発生した。
 警察が駆けつけたとき、がらんとした所内の庭で、渡辺優司はひとり、丸くなって熟睡していたという。

(了)

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