拷問

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「女房は逃げた」
「おまえが逃がしたんだろ」
「違う。勝手に消えたんだ。行き先なんか知るわけない」
 オレは両手を鎖でくくられ、天井から釣り下げられている。拷問中だ。
 夫婦揃ってスパイだということは、もうバレているんだろうか。
 いや、こいつらの間抜け面からして、女房だけを疑っているらしい。アホめ。
「アホめと思っただろう」
「適当なことをいうな」
「目を見てりゃわかるんだよ。おまえも怪しいな。おい、自白剤」
 注射を打たれてしまった。しかし、そんなものはとっくに耐性ができているんだ。
「名前は」
「木戸孝」
「奥さんの名前は」
「木戸慶子」
「奥さんはいまどこにいる」
「知らない」
 ほんとに知らないのかな、いや、そんなわけはねえ、などとごちゃごちゃと相談する声が聞こえる。
 アホめ。このままなら逃げ切れるな。
「またアホめと思っただろう」
 なんでそこだけ当たるかな。
「仕方ない。入っていただけ」
 ぎいい。地下室のドアが開いて、やけに実直そうな背広姿の中年男が入ってきた。場にそぐわない。
「この人が誰か、わかるな」
「いいや」
「みずほ銀行の高橋さんだ」
 かすかにドキッとした。知らない人だけど。
「住宅ローン融資課の課長さんだ」
「そ、それがどうした」
「あんたんちのローン利率はこの人の胸三寸。なにしろあんたんちは変動利率だからな」
「こんな格好で失礼いたします」
 おれはあわてて言った。
「利率、1%上げてもらっちゃおうかなあ」
「ば、ばかをいえ。変動金利は物価に連動してんだよ。なんで高橋さんが物価を上げ下げできるんだよ」
「ふっ」
 と男たちが笑った。なにをうぶなことをと言いたげだ。
 高橋さんは電卓を取り出し、
「ま、1%くらいなら」
 とつぶやいた。
「それだけはご勘弁を。ひらにひらに」
「奥さんはいまどこ?」
 こいつら鋭い。いちばんの弱点をついてきた。おれはあっさり寝返ることにした。
「1%下げていただけたらすぐに申し上げます」
「どうです高橋さん」
「いいですよ」
「北千住のアパートに隠れております」
 妻よ、すまん。

(了)

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