噛みつき魔

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 名探偵、目黒考次郎が登場した。
 殺しの現場は、高級住宅街の一角。あまり人通りがない街路である。
「目黒くん、これが三件目だ」
 と、河田警部が言った。
 死体よりも先に血痕の広がりが目につく。
「出血死ですか」
「そうだ」
 警部がカバーをめくる。首筋に鋭い噛み傷があった。
「頸動脈を噛みちぎられている?」
「そう。犯人は、人間じゃない」
「は?」
「噛み跡から猫だと判明している。これまでの二件はな。これもたぶんそうだろう」
「猫が人を殺すという話は聞いたことがありませんが」
「われわれもだ。ところで目黒くん、君は猫探しが得意だと聞いたが」
「……」
「どうやるんだ」
「一言では説明できませんが、まず気配を消します。そのままじっとうずくまって、人間であることも忘れて、あたりに同化します。で、猫が通りかかったら捕まえる、と」
「わかった。やってくれ。警察からの依頼だ」
「保健所じゃないんですか」
「捕まえて歯形照合をしたあとは保健所に渡すことになるだろうが」
「猫相手に裁判はできないでしょうからね」
「被害者は殺され損だな」
「ところで、あとの二人はどこで殺されたんですか」
「豊島区と足立区だ。ぜんぜん場所が違う。共通点は噛み殺されたという一点だけだな」
「足跡は?」
「とくにない」
「……変ですね。猫のテリトリーはもっと狭いはずです」
「そうなのか。じつは、ほかにも奇妙な点がある」
「なんですか」
「財布から現金だけが抜かれているんだ。三件ともな。窃盗はあとから通りかかった人間の犯行とも考えられるが、こうも手口が同じだと気になる」
「犯人は、猫の牙をもった人間なんじゃないですか?」
「そんなやつがいるのか」
「知りませんが、現場の状況からいって、それしかないでしょう」
「ううむ。おい、東京中の歯医者に問い合わせてみろ。牙をもった患者がいるかってな」
 目黒の推理は正しかった。
 その後、猫人間が逮捕された。
 動機は金だったそうだ。
 奥さんに小遣いを減らされ、煮干しが買えなくなった欲求不満から犯行に及んだと自白している。
「不況になるとロクな事件が起きませんな」
「まったくだ」
 河田警部は深いため息をついた。

(了)

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