トランジット

 ただニューヨークから成田へ帰りたかっただけなのに。
 直行便を押さえていた。だから、搭乗手続きをして、あとはジェット機に乗り込むだけだった。
 海外では「日本人はなめられる」という噂はどうもホントだったようだ。
 でっぷりと太った黒人のおばちゃんに「あんたたちのチケットはないよ」と言われ、言い合いしているうちに搭乗予定機は飛び立ってしまった。
「どうしてくれる。あの飛行機のチケットを買っていたんだ」
「うるさいわね。これでも乗ってきな」
 妻にはがあがあ言われるし、泣きたい気持ちだ。
 カビの生えたようなチケットでロサンジェルスに飛んだ。ここでトランジットだという。バスに乗り、延々と待ち、シドニーについた。「ジャパン、ナリタ」としきりに叫んでいたのに「ノーノー」と言われ、ホテルに運ばれてしまう。
「シドニーってどこ」とカンガルーに語りかけ、しょんぼりと眠る。
 流浪の旅が始まり、妻とも生き別れ、三年後、ようやく日本の自宅に戻った時、会社は解雇され、テーブルの上には離婚届けが乗っていた。
 二十五年後、航空会社から荷物が届いた。
「あなたー、深川さんって誰だっけ」
「さあ、前の前に住んでいた人じゃないか」
「いまどこにいらっしゃるのかしら」
「わからんなー。いちおう、警察に届けておこう」

(了)

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