アナログでいこう

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「テレビに変なものが写っているんだけど」
 と妻がいう。
 見に行くと、「アナログ」という文字がうっすらと見える。
 ははあ、これが例のあれか。
「テレビのアナログ放送が2011年で廃止になるのは知ってるだろ」
「えっ」
 と妻は驚いている。そこから説明しないといけないのか。
「それまでにアナログ放送はなくなることになってるの」
「えーっ」
「デジタル放送に移行するから、デジタルチューナーのついたテレビとかハードディスクレコーダーに買い換えないとテレビが見られなくなる。ようするに薄型液晶テレビを買えってことだ」
「そんなお金はないわよ」
「ないねえ」
「あなたはテレビ見ないからいいでしょうけど、わたしは困るわよ」
「まあ、2011年に中止するまでにはもっと安くなるって。それまではこのテレビで大丈夫なんだし」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
 ほんとではなかった。
 数ヶ月後、また妻が文句をいう。
「ねえ、だんだんテレビが見にくくなってきたんだけど」
「年代物だからねえ」
「そういう意味じゃなくて」
 見に行くと、「アナログ」という文字がくっきりと写っていた。
「いい加減デジタルに移行しろって感じだな」
「この文字、すごく邪魔なのよ。わざわざ主人公の顔に被さってきたりするし」
「テレビ局も芸が細かいな」
「感心している場合じゃないでしょ」
「我慢だな。我慢比べ。ここで負けちゃいけない」
 2010年、ついに妻がキレた。
「正月番組がねえ、見えないのよ」
「見えないってなんだよ」
 とテレビ画面をみると、アナログの文字が大きくなり、画面の半分くらいを占めていた。
「うわっ。こりゃひどい」
「でしょー」
「でも、どうせ漫才ばかりなんだから声が聞ければいいじゃないか」
 ぶつぶつ文句をいう妻をなんとかなだめた。
 しかし、アナログの文字はそれからも威嚇するようにどんどん大きくなり、ついに画面全体を覆い尽くした。
「仕方ない。もうすぐ期限だし、そろそろ買い換えるか」
 と聞くと、今度は妻が首を振った。
「いい」
「でも、これじゃどうしようもない」
「もう慣れたから。字を透かせば裏に番組が見える」
「えーっ」
 ついにアナログ放送が終わり、画面になにも映らなくなったが、妻には脳内放送が見えているようだ。テレビを前にしてときどきくすくす笑ったり、へえーっと頷いたりしている。
 本人が文句を言わないのだから、これでいいのだろう。ホンモノの番組より面白いのかもしれないし。
(了)

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