脱落

 ぴんぽーん。
 玄関のチャイムが鳴った。
 モニターには、痩せた男の顔が写っている。見知らぬ顔だ。
 扉越しに「どなたですか」と声をかけると、「風間だよ。風間和俊」と弱々しい声がかえってきた。
 ふうま、ふうま。
 あ、かずちゃん。
 かおりはあわてて扉を開けた。
 風間のかずちゃんは中に入ってくるなり、かおりにタッチした。
「きゃー。助けて、河馬丸」
「みーつけた」
「え?」
「ほら、引っ越し前にさあ、鬼ごっこやってたじゃない。ぼくが鬼だったんだよ。あー、やっと見つけた」
「まだ続いてたんだ、鬼ごっこ。あたしが中“学生の頃だからもう十年はたっているよねえ」
「だって鬼のままはいやだからさあ」
 かおりはさっきのなし、取り消しと内心でひそかに呟いたが、もはや河馬丸はかおりの家に向かって怒濤の進撃を開始していた。
「かずちゃん、逃げよう」
「えっ」
「河馬丸、呼んじゃった」
「それ誰」
「トモダチの河馬」
「へえー、知り合い多いんだね」
 テレビが臨時ニュースを流した。
「神田川から全長三メートルの河馬が出現。現在、青梅街道を全力疾走中です。ご通行中のみなさんは、お気をつけください」
 人が次々に跳ねとばされていく派手な映像が入ってきた。
「わあ、やってるやってる」
「この河馬、もしかして」
「そう。ここに向かっているの」
 外が騒がしくなってきた。
 がんがんがんと、アパートの階段を駆け上がってくる重たい音。
 ぬっと河馬丸が顔を出した。
「河馬丸、タッチ」
 と、かおりが河馬丸の頭をなでる。
 きょとんした表情の河馬丸。
「あのね、これ、おにごっこなの。今度は河馬丸が鬼ね。わかる? 風間くん、逃げてっ」
「え、あ、わああああ」
 風間はドアを突き破る勢いで逃げ出した。
「河馬丸、ここで五十まで数えてから、私か風間君を捕まえて」
 かおりも風間の後を追った。
 河馬丸はフリーズした。
 やはり五十まで数えるのはちょっと難しかったようだ。 

(了)

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