ガウディハウス

 地域ごとに条例が施行され、いわゆるゴミ屋敷に対する締め付けが強くなった。
 いい傾向ではない。
 隣近所に対する迷惑問題が、法と公権力で解決するよりほかなくなったということだからだ。
「いやな世の中でチュー」
 ある意味、公権力を代表する存在である電子ネズミが同意するのだから間違いない。
「しかし、うちのお向かいだってアブないもんなあ」
「あれはなにをしているでチュか?」
「工事?」
 朝から晩まで騒音を浴びせられている、と言ってもいいかもしれない。
 とはいえ、その音は重機の発するような破壊的なものではなく、せいぜい金槌で釘で打ったりする程度のささやかなものであるから、この程度で文句を言っていては、お互い、生活できなくなる。
「ニョキニョキ尖塔が生えているでチュー」
「あそこ、前はなにがあったっけ」
「物干しでチュか」
「ああ、そうか」
 やがて二個目の尖塔が生え、尖塔と尖塔の間にはちいさな通路がかかった。道路にはみ出すようにして空中回廊が登場する頃になり、ようやく問題化した。住人であるおじさんとおばさんがどうやら目的のない工事に邁進していることがはっきりしてきたからである。
 延々と百年以上も工事してまだ完成しない教会の設計者にちなんで、その家はガウディハウスと呼ばれるようになり、一時は盛んにテレビが取材にやってきた。メディアが報道することで、全国に類似のガウディハウスが発生し始めた。もちろん建築法違反だが、個人がやっているため、役所の指導が難しい。根っ子の部分はゴミ屋敷と同じだろう。
 びすは沈痛な表情をしている。
「また杉並区の電子ネズミがやられたでチュー」
「ガウディハウスのじじばばに?」
「ネズミのことをスパイだと思っているでチュー」
 実際そうだけどな、と私は思ったが、言わなかった。
「なにをそんなに隠したいんだろう」
「きっとこれでチュー」
 びすの目が光を放ち、壁に稚拙な絵を映した。
「なんだこの落書きは」
「設計図でチュー」
「わははははは。幼稚園児の妄想だ」
「33匹目の電子ネズミがようやく撮影に成功したでチュー」
「でも、もしこの通り作っているんだとしたら、そのうち、自然に瓦解するな」
 言っている横で、がらがらがらという崩壊音が聞こえてきた。今度こそホンモノの騒音公害だ。

(了)

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