マラソン大会

「第三回和田堀三丁目フィットネスクラブマラソン大会を開催いたします」
 杉並区長が宣言した。
 広いフィットネスクラブに集められ、隙間なく並べられた巨大なねずみ車。参加者たちはすでにスタンバイしている。
 いつでも走り出せる体勢で、なかには必要もないのにサングラスをしている者もいる。スパート直前に投げ捨てるつもりか。
 前面には巨大なスクリーンパネルが用意され、そこに計測数値に基づいたバーチャル映像が映し出されるのだという。私は初参加なので、どういうものなのか、いまいち感覚がつかめない。
「どーん」
 ピストルではなく、なぜか大太鼓でフルマラソンが始まった。
 からからからから。
 四方八方から聞こえてくる回転音がうるさくて仕方ない。そういう私だって、くるくる車を回し続けているわけだが。
 回転速度はリアルタイムに計測され、それがバーチャル映像としてスクリーンに投影される。貼り付けられるのは顔だけで、身体はコンピュータグラフィックスだ。
「はあはあ。あれは、はあ、手抜きだな、はあ」
「予算が限られているのでチュー。あ、心拍数が上がってきたでチュー」
 びすは鉢巻きをして応援してくれている。なんで人間がくるくる車を回して、ねずみがそれを鑑賞しているのかよくわからないが、おだてられて参加してしまった私が悪い。
「そろそろスペシャルドリンクタイムでチュー」
 びすの用意したスペシャルドリンクは青汁のりんごジュース割だった。栄養があるのはわかるが、マラソンには合わない気がする。
「頑張るでチュー。拡大鏡で観ないと、姿が見えないでチュー」
「えーい」
 私はやけになって全力疾走し、一瞬だけ先頭をとって、ばったり倒れた。
 リタイアだ。
「はい、ご苦労様でしたー」
 と言って、ヤクルトを渡された。
 思わず「献血かよ」と言いたくなる。
 最後まで役所くさいマラソン大会だった。役所主催だからいいんだけど。
「惜しかったでチュー」
「来年はおまえが走れ」

(了)

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