夫婦漫才

「私、そろそろソロで活動したいんだけど」
「え?」
「これに判、押して」
 離婚届を突き出された。
「そんなややこしい言い方しなくてもいいだろう。でも、どうしてだ?」
「わからない? 方向性の違いよ」
「なんの? いまさら教育方針とかいうなよな。ゴローが高校出てすぐに石垣島でエコ生活とやらをはじめちまったのはあいつの勝手なんだから」
「音楽性よ」
「おれたち、音楽なんてやったっけ」
「えーと、誰だっけ。あなたの友達が結婚式の時に言ってくれたじゃない。結婚ってバンドを結成するようなもんだって」
「漫才コンビじゃなかったっけ」
「……」
「……」
「ホンマに?」
「たぶん」
「ほな、わたい、今日からピン芸人になるわ」
「どうして急に関西弁なんだよ」
「漫才コンビやったんでしょ、わたいら」
「違うよ」
「もう、なんなのよいったい」
「なんなのと言われても困るけど、役所に婚姻届を出しただけだよ」
「取り返しにいこう。役所襲撃。明日に向かって撃て、みたいな。私たち、ブッチとサンダンスね」
「襲撃しなくていいから。わかった。判を押すよ」
「最初からそうしてくれればいいのに」
「はい、押しました」
「で、私はこれからどうすればいいの」
「知らないって」
「あなたがよけいなこというからソロ活動も、ピン芸人も、銀行強盗もできないじゃないの」
「最初からしてないでしょ」
「うーん。とりあえず朝寝坊からかな」
「いまでもしてるでしょ」
「じゃ、コンビ再結成?」
「はやっ」
「だって、ソロになるには、その前にコンビを組んでおかないとね。ああ、面倒。なんのコンビにするか考えるのにまた何十年か、かかるんだわ」
「あんたとはやってられんわ」

(了)

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