個室

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 うちのトイレは狭いし、換気扇も壊れているし、壁紙も古くてボロボロだが、便器の上には松下電器製のホットな便座が居座っているので閉じこもってしまえば快適だ。
 オレはまさに排泄しようというその瞬間に顔を上げ、「げっ」と叫んだ。
 気づかなんだ。気づかなんだ。
 ドアの横に階数表示がある。いままでずっとトイレだと思っていたが、じつはここは便器のあるエレベーターではないのか。
 鍵はかけてあるが、それは引き開けるアクションに対する防御であり、もしもチンなどと鳴って、ドアが横にスライドしたら、いままさに排泄中のオレの立場はどうなるのか。
 どうにもならない。早く排泄し終わるに限る。終われ終われ。
 私はがらがらとペーパーを回し、なんとか最悪の状況を回避した。はーなどとため息をつきながら温水で尻を洗っているときに、トイレが移動していることに気づいたのだった。
 階数表示の光が一階から下に移動しているのだが、ここは木造二階建て。地下室などという上等なものはない。にもかかわらず、表示には「R」「2」「1」「0」「洞窟」とあるではないか。
 0とはなんだ0とは。
 しかし、0も通り越し、トイレは洞窟で止まったのだった。
 オレはあわててズボンをずり上げた。
 トントンとノックの音がした。

(了)

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