理事長の怒り

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 テレビをみていると、速報テロップが流れ、すぐに特別番組に切り替わった。
「東京湾に理事長上陸」
 なんだそれは。
 実際に写った絵をみて、腰を抜かしそうになった。
 すごく怒った(というか、この人はいつもそういう顔をしているのだが)北の湖理事長がじとっとした目でお台場のフジテレビを睨んでいる。睥睨しているといってもいい。
 なにしろ全長五十メートルだ。
 現場のレポートが終わると、画面はスタジオに切り替わった。
「急遽、解説者の舞の海さんに来ていただきました。お台場に上陸したあれは、ほんとに北の湖理事長なのでしょうか」
「ホンモノだと思いますね」
「しかし、大きさが」
「相撲取りは、怒ると大きくなるのです」
「ほんとですか?」
「でなければ、私のような小兵が生き残ることはできなかったでしょう。国技館に来られる方はよくご存じのことです」
「知りませんでした……」
「怒った朝青龍が天井を突き破ったことも一度や二度ではありません。NHKのリアルタイムコンピュータグラフィックスシステムで、なにごともなく中継されていますが、現場は大変なんですよ」
「しかし、今回、理事長は海からあらわれました」
「そのあたりの事情は私にもよくわかりませんが、よほど腹を立てたのでしょうね」
「やはり辞任の件ですか」
「一番偉くないと気が済まない人でしたから」
「フジテレビとなにか特別な因縁があるとか」
「いや、それはないでしょう。海辺に近いからじゃないですか」
「テレビ局ならなんでもよかった」
「そうです」
「これからどうなるんでしょう」
 理事長はなにを喋るでもなく、仁王立ちを続けた。五時間後、日射病で倒れ、元の大きさに戻った。あとには倒壊したフジテレビの社屋だけが残った。

(了)

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