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【SS】損切り

「おい、吉原」
 と同期の野村に声をかけられた。
「なんだ」
「おまえさー、最近ヤバくね」
「なにが」
「相場だよ」
 うちの会社では、社員を上場企業に見立てて、仮想相場を立ち上げている。人事制度の一環だ。
 平社員は10万ポイント、社長は1000万ポイントを持ち、それぞれ伸びると思う社員に投資する。投資のための情報公開ということで、リクルートや研修にかかった費用、留学制度などを利用した費用なども公開されている。年収、住宅ローン残高、売り上げにいたるまで全公開だ。
 ポイントはお金と同じで増減する。投資した対象がへまをして評価を下げるとあっという間に売りがふくらみ、評価損となってしまう。
 ポイントの増減は人を見る目と関連しているので、ボーナス支給額と直接連動している。所有ポイントが減ればボーナスも減る。自分がいくら買われているかではなく、所有するポイントで評価されるのである。
 評価が数字としてはっきり出てくるのは、他人事としては面白い。
 高い値段を維持している者は派閥の長だったり、将来を期待されたエリートだったりする。
 そういう者たちを競馬を眺めるように観察し、「あ、落ちやがった」などと酒の肴にするのはじつに楽しい。
 が、自分の評価は、決してみない。そんなことをしたら一発でノイローゼになってしまいそうだ。
「見てねえよ」
 と私は答えた。
「おまえの評価、じわじわ下がってるぞ」
 目の前がくらくらした。
 美子ちゃんとの浮気がバレたか!
 健康診断の結果が流出したのか!
 従兄弟が多重債務で自己破産したのがバレたか!
「いったい、材料はなんだよ」
「それがよくわかんなくてなー。調べても、性格が悪そうとか、新人いじめしてたとか、新大久保のホテル街で見かけたとか、そんなことしか出てこない」
「どうでもいい話ばかりだな」
 あっ、わかった。
 つい先日、同じ課のシイナレイコを振ったのである。告白された瞬間に振った。逆恨みされたにちがいない。
 シイナレイコのマイナスオーラは強烈で、その後もオレの評価はどんどん下がり続け、周囲の目も冷たくなってきた。投資していたみんなに評価損を与えているのだろう。
 ある日、人事部長に手招きされた。
「吉原くん、君、値段がつかなくなってしまったよ」
「えっ」
「じつは三ヶ月前から整理ポストに入っていたんだがね、評価のない社員を置いておくわけにはいかないんだ」
「ということは?」
「悪いが社としては損切りさせてもらうよ」
 最後くらいふつうにクビと言ってほしかった。

(了)

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