ひまつぶし

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「ひまつぶし、食べようか」
「……それは何料理でチュか?」
「ジャンルはなんだろう。和食?」
「和食にもいろいろありまチュ」
「うーん。どちらかというと、魚系?」
「ひまを潰すでチュね」
 びすの目がキラキラ輝いた。ひま、という名前の魚を検索しているのだろう。
「困ったでチュー。ひまという魚はいないでチュー」
「じゃ、ひまそうな魚かな」
「検索できないでチュー」
「あいまい検索してよ」
「意味が違うでチュー」
「そうなの?」
「あいまい検索とは、検索条件が完全一致しない対象を、一定のルールのもとで抽出する検索方法のことでチュー」
「えっえっ」
「文書全体の語彙を分解して、ベクトル空間上に多次元表現し、検索対象語との意味的な距離を計測することにより、一致度を見る概念検索でチュー」
「おまえの言ってることがあいまいだよ」
「聞くほうに知識がないだけでチュー」
「どうしてひまつぶしで怒られなきゃいけないんだよ」
「むちゃ言うからでチュー」
「食べ物の説明をベクトル空間上に多次元表現できねえよ」
「じゃあ、方向を変えるでチュー。どこで知ったでチュか」
「トイレかな」
「どうしてでチュかー」
 びすが絶叫することは珍しい。
「会社のトイレでね、課長がひまつぶしがうまいんだよって言ってた気がする」
「じゃ、課長さんに電話して聞くでチュー」
「リストラされちゃった」
「……」
「怒ってる?」
「考えているでチュー。課長さんはほかになにか言ってなかったでチュか」
「三度楽しめるって」
「なにがでチュか」
「ひまつぶしが。ひま、つぶ、し、とか」
「それは分解しているだけでチュー」
「そうだなあ。ひょっとすると、三度楽しめる料理ってことかも。一日目ポトフ、二日目シチュー、三日目でカレーとかってあるじゃない」
「うちだけでチュ」
「そんなことないって」
「ひまつぶしが、食べるのに三日もかかる王宮料理とはとても思えないでチュー」
「ポトフ、シチュー、カレーの三変化も王宮料理じゃないけどね」
「ヒントが足りないでチュー。課長さんはどこの出身でチュか」
「ニャごやかな」
「名古屋でチュー」
「うん。正式名称はそっち」
「ニャごや、いや名古屋の郷土料理といえば、きしめん、みそかつ、手羽先」
「海老フリャー」
「海老は魚系でチュー」
「よしっいいぞ。なんかないか、海老でひまなやつ」
「……ないでチュー」
「はああ。疲れた」
「おなか空いたでチュー」
「びすはなにか食べたいものはないのか」
「ひつまぶし」
「それでいいや」

(了)

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