旅人

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 玄関のチャイムが鳴り、面倒くさいなあと思いながらドアを開けた。
「ここは旅館ですか」
 またへんなやつが来たよ。
「ちがいますが、おもてに看板でも出てましたか」
「いえね、私は旅を商売にしているものですから、なんとなくにおいでわかるんですよ。泊めていただける場所は」
「そういわれても、ここはふつうの民家ですから。部屋も余っていないし」
「そんなことはないでしょう」
「いや、ほんとに」
「ちょっと見ていいですか」
 びすが階段から心配そうに覗いている。
「いいけど、ほんとに無理だから」
 客は玄関を上がって、廊下をまっすぐに進んだ。
「あっ、そっちは行き止まり」
「え、そんなことはないでしょう。ほら」
 ドアノブを回すと、板で塞いだはずの通路が開いた。
 三畳ほどのなにもない空間。本来なら洗濯乾燥機と作り付けの棚があるはずなのに。
「あっ、こっちにも」
 突然あらわれた小部屋の右側の壁のドアノブを回すと、そこにはベッド付きの小部屋があった。
「危ないでチュー」
 びすの声で私はぱっと後ろに後ずさった。
 ドアを閉めると、そこは元の行き止まり。
「なんだったんだ、あれは」
「ダブリン社の亜空間ロボットでチュー」
「亜空間ロボット?」
「空間のないところに空間を作り、人を呼び込んで、実空間を乗っ取る一種の地上げ屋でチュー」
「亜空間に入っちゃった人はどうなるの」
「それがわからないから検索に時間がかかったでチュー」
 私は後ろに洗濯乾燥機を置くために作った壁をじっとみつめた。亜空間でもいいから、この中にもう一部屋あったら便利だよなあ。
「それが亜空間の罠でチュー。一度入り込むと二度と戻ってこれないでチュー」
「じゃあ、あのロボットはどこから来たんだ?」
「……」
「びすー」
「なんでチュか」
「あったぞー。ほら、ドアノブ」
 びすが目を丸くしている。
「こんなもの、どこで?」
「世の中で一番亜空間っぽい空間」
「わからないでチュー」
「ドン・キホーテだよ」
 さっそく取り付けてみた。
「さあ、開くぞ」
 廊下の奥の壁を引き開けると、
「旅館だ旅館だ」
「やっと見つけたぞ」
「風呂はどこだ」
「鍵くれ鍵」
「おーい、フロントはどこだー」
 亜空間の旅人がとめどなく溢れ出てきたのだった。

(了)

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