詐欺以前

 ある日、なにげなく聞いてみた。
「びすの趣味ってなんだい」
「知りたいでチュか」
「知りたいねえ」
「投資でチュー」
 びっくりした。株ってネズミでも買えるの?
「もちろんでチュー。オンライントレードだから、書類さえ揃えて口座を開けば、ミミズだってオケラだって」
「ネズミだあって」
 また歌ってしまった。
 それにしても、区役所勤めというのはそんなに儲かるものなのだろうか。
「いま大変だろ。金融崩壊とかいろいろさ」
「すでに持ち分は処分していまは待機中でチュー」
「さすがだな。いくらくらいの資金でやっているんだい」
「50億くらいでチュー」
「……それって機関投資家っていうんじゃないの。まさか杉並区の?」
「びす機関って呼ばれているでチュー」
 急に目の前の電子ネズミが神々しく見えてきた。
「じつはさ、将来有望な会社の未公開株があるんだけど、買う?」
 私は紙きれを差し出した。
 びすは困った顔をした。
「手書きの株券ってはじめて見たでチュー」
「味があっていいよね」
「株券には会社の名前が書いてあるものでチュが、『未公開株』って」
「あ」
「ご主人さま、株券を見たことはないでチュか」
「面目ない」

(了)

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