見えるンです
「ん?」
大国部長は、目をこすった。
視界の端にひとの形をした変なものが見えるのだ。形というより影というか、光の屈折というか、そのようなもの。
人型の空気のゆがみが部下に覆い被さっていくのを見て、
「あっ、大河原くん」
と思わず小声を上げたが、大河原はぴくっとも反応しない。
居眠りしているのだった。とたんに、大国は上司モードに切り替わり、
「大河原くん!」
と大声で叫んだ。
大河原ががばっと身を起こして、「わっ。はいっ。犬ではありません」と叫んだ。
「なにを寝ぼけているんだ、君は」
「あっ」
と、今度こそほんとに目を覚ました大河原は「すみません」と謝った。「おかしいなあ、さっきまでシャンとしてたのに」
「君、たるんでるぞ」
といって、大国はまた部長席に深く背を預けた。ああ、暇だ。不況で受注が減り、部下の監視くらいしかすることがない。
帰りの電車でぎくっとした。
つり革につかまって、座席を見回すとほとんどの者が居眠りをしている。それはいつもの光景といってよかったが、寝ている者の周りの空気がどうも微妙に歪んでいるのだ。
わしゃ、睡魔が見えるようになったのかもしれん。
そう思って注意深く暮らしていると、日々、街に睡魔が増えているのがわかった。会社はもちろん、家の中にもウロウロしている。
大国には、睡魔をただ見ることしかできない。ときどき、宿題をしている息子に近づいてくる睡魔を「しっしっ」と追い払ったりはするが、学校にまでついていくわけにはいかない。
まして、会社で空気相手に「しっしっ」などと言っていると、自分のほうがリストラの対象になってしまう。
ゆらゆら揺れているこの空気が不況の原因なのだな、と部長席で尻をもぞもぞさせながら大国は確信した。
(了)
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