こぼれ物

 わあわあ言いながら常連のおばちゃんたちが入ってきて、奥まったテーブルに固まった。
「にいちゃん、いつもの四つ」
「あいよ」
 マスターは手早くブレンドを四つ作って運び、
「おれ、ちょっと買い物があるから、店頼むわ」
 といって、外に出ていった。
 おばちゃんたちの会話はいつ果てるともなく続くと思われたが、
「あれ」
 一人が、かがみ込んで、万年筆を拾い上げた。
「こんなものが。なんか懐かしいわねー」
「こっちにも」
 拾い上げたのは近所の調剤薬局の処方薬である。
「あら、睡眠導入剤ばかり。よっぽど眠れない人なのねー」
「あとで届けてあげなさいよ」
「そうするわ。あらまた」
「あなたよく拾うわねー」
「どうしておしりの下にこんなものが」
 よくみると、タイピンであった。
「あっ」
「なによ」
「これ……少年マガジン昭和40年3月28日発行ですって」
「まあ、骨董品かもよ」
「そうよねえ」
「これ、なにかしら」
「珈琲ミルよ。商売道具をこんなとこに落としちゃって」
「あら、手回しじゃない。そうとう古いんじゃないの」
「うわあ、マイルス・デイビスのコンサートチケットだって」
「コンロのガス缶?」
「これ、お風呂に浮かべるアヒルよねー」
「どうしてこんなものばかり落ちてるの」
 机の上には、ゴミだかお宝だかわからない雑多なものが天井近くにまで積み上がってしまった。
 そこへマスターが帰ってきた。
 目を丸くしている。
「あ、あんたたち、なにしているんだいったい」
「あーら、マスター。たまには掃除しないとダメよ。こんな落とし物ばかりして」
 机の上のガラクタはびっくりして見つめるマスターの目の中にすぅーと吸い込まれていった。
 凍り付く四人。
「や、すみません、また思い出がこぼれちゃったみたいで」

(了)

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