不良債権

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 まさか自分が不良債権になるとは思わなかった。
 家を買うときは多少の頭金もあったし、ゆとりローンといった変な仕組みも利用していない。とはいえ、まだバブルの余韻が残るころだったので、土地の値段が高かった。
 毎月の返済額が多少高いのは仕方ないと我慢してこれまで払い続けてきたのだが、そんなときの不況入りである。
 どう考えてもこれ以上の支払は無理だ。どうせ音を上げるなら早めにあげておこうと思い、ローンを組んでいる銀行に出かけていった。
「どうぞ」
 と支店長室に通された。
「あなたが不良債権ですか」
 と銀縁の眼鏡をかけた男に言われた。
「いきなり不良債権はないでしょう。これまでちゃんと払ってきたんだし」
「でも、もう無理なんでしょう」
「支払い期間を延長してもらうとか、支払を数年間くらい猶予してもらえれば、まだ支払えるかと思うんですが」
「そういう人ばっかりなんですよ。土地が担保になっているといったって、このご時世だ。買い手なんか見つかりゃしない」
 よほどストレスが溜まっているのか、支店長は視線はぎらぎらしている。
 汗が流れた。
「ただじゃ済ましませんからね」
「担保を差し押さえるんでしょ?」
「だから、そんなことじゃ気が済まないって言ってんだろが」
 支店長は急に声を荒げると立ち上がり、椅子の横に置いてあった火鉢から焼き鏝を引き抜いた。
 真赤な光を放つ「不良債権」の文字が、目に飛び込んできた。
「わわわわわ」
 後ろのドアが開いて、行員がなだれ込んできた。はがいじめにされてしまった。
「服を脱がせろ。背中を向けろ」
「わ、やめて。お願い。払う。なんとしてでも払いますから」
「ほんとか」
「払います払います」
「すこしでも滞ったら不良債権だからな」
 私は泣きながら銀行を後にした。

(了)

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