お雪卒業

 日本家屋の一室。六畳間。ここでお雪は十年間を過ごした。
 いまどき信じられないかもしれないが、忍者学校である。
 土壁に手をつき、くるりと回転させると、道場に出る。今日は卒業の日であった。
 卒業するためには、師範を倒されなければならない。
 師範は、不倒の忍者、鏡面齋であった。齢七十を過ぎようという今も負けなし。もっとも忍者は負けたら死ぬしかないから、生きている限り不倒ではあるのだが。
 道場は悲惨であった。お雪の同窓たちの死体で埋もれている。爆死している者も切り刻まれている者も、どういう死に方をしているかわからない者まであった。
 お雪はそんな中を静かに進んでいった。
「お雪、参りました」
「おいぼれを倒してまいれ」
 お雪の武器は手裏剣であった。手裏剣は投げるだけの武器ではない。お雪の手裏剣は擦るところに真価があった。毒が塗ってあれば相手は即死、自白剤が塗ってあれば組織をどこまでも追い詰めることができ、麻薬が塗ってあれば相手を自由に操れる。
 しかし、お雪は、鏡面齋を相手に手裏剣を使うつもりはなかった。
 相手の得意技を逆手にとることこそ、鏡面齋の最大の武器。そんな相手に、自分の武器をみせるのは死ぬのと同じことであった。
 三日三晩立ちつくした。
 当然、体力が先に尽きるのは老人である。鏡面齋はゆらっとかすかに動いたかと思うと、その場に倒れた。お雪はなおも一時間じっとしていたが、ゆっくりとした足さばきで道場を抜けると、そこに用意されていた黒塗りの車に乗り込んだ。
 これからの運命はお雪自身も知らない。
 日本の戦略兵器として輸出されるのか、暗殺部隊に組み込まれるのか。
 お雪はなにも思わず、老人と同じ深い闇のような眠りに落ちていった。

(了)

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