交通八分

 田村一家は、じいちゃんに孫の顔を見せに帰省するところだった。
 品川駅のホームから新幹線に乗り込んだら、田村昇平だけがぺっと吐き出された。
「おーい、聖子ー、望ー」
 昇平は妻子の名前を呼んだが、二人はそのまま静岡に向けて発ってしまった。
 この頃、交通機関は独立した存在として、人間と同等の立場にあった。最初に人類から独立したのは新幹線だったが、その後、各地の鉄道、バス、タクシー、自家用車など電子機器制御機構を搭載したすべての交通機関が追随し、いまや電動自転車までが交通ネットワークの支配下にある。 
 昇平がなぜ交通ネットワークに嫌われたのか、よくわからない。彼は歩くしかなかった。這々の体で静岡の実家にたどり着くと、妻子はすでに新幹線で東京に戻った後だった。彼はまた炎天下の下を歩き、ばったり倒れた。
 昇平を看病してくれたのは、はぐれ馬だった。電子化手術を受けずに野生化した馬である。体調が回復してから昇平は、はぐれ馬を駆って東京まで戻った。
 ようやく妻子とも再会することができた。
 以来、はぐれ馬は昇平の家に定住し、ふだんは庭先で外を眺めている。毎朝、毎夕、昇平を会社に運ぶのが仕事になった。昇平は会社で「馬課長」と陰口を叩かれているが、いつ交通八分にあっても平気な自分への嫉妬だと分かっており、すこしも気にならない。
 昇平とはぐれ馬は今日もかっぽかっぽと会社に駆ける。

(了)

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