オレ?

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 目黒考次郎が足立区に足を踏み入れたのは生まれてはじめてかもしれない。
「お、君が目黒くんか。河田から聞いているよ」
 三笠警部補がぽんと肩を叩いた。
「密室殺人だとか」
「ははは。嘘みたいだが、そうなんだよ」
「そんな現場に出会えるとは。河田警部補に感謝ですよ」
「さっそくだが、あれを見てくれ」
 目黒は、四角い、大きな箱を目にした。
「これはなんですか」
「コンクリだろうね」
「いや、素材じゃなくて。建物ですか」
「窓なし出入り口なし。なにもなし。ただのでかい塊だから、なんともいえん。このなかに死体があると匿名通報があった」
「ということは墓?」
「そういう考え方もあるな。さすが名探偵だ。ただ、ここは昨日までふつうの木造家屋だったんだ」
「ということは、たった一晩で」
「こうなってしまった」
「ひとりじゃ無理ですね。建築関係者かなにか」
「それにしても一晩じゃ無理だろ」
「塊は無理ですが、パネルなら。ベニヤ板にセメントを塗ったパネルで家を覆っているだけじゃないんですか」
「それならなとかなるか。現状を調べ終わったら蹴破ろう」
「いててて」
 目黒はぴょんぴょんと跳ねた。
「ホンモノですよこれ」
「やっぱりこの塊をバラさなきゃいかんか」
「証拠物件をぶっ壊しちゃっていいんですか」
「どこかに隠し扉でもあると楽なんだが」
「開けゴマ、なんちゃって」
「ふざけているのか君は」
 ごごごごご。
 コンクリの扉が開き、地下階段への入り口があらわれた。
 その場にいた捜査関係者全員の目が釘付けになった。
「どうしてわかった」
「いや、口からでまかせを」
 刑事が、鑑識が、続々と中にはいっていく。
 ごごごごご。
 突如として扉がしまった。
 地下から絶叫が聞こえてきた。
「あー」
 ぽんと額を叩く三笠警部補。
「やっちまった」
「どうしたんです」
「通報だが、正確には、死体がある、じゃなくて、死体があるだろう、だったんだよ」
「つまり、ここは犯行現場ではなかった。いまそうなった、ってことですか」
「そういうことだな」
「じゃ、犯人は」
「開けゴマって言ったやつだ」
「いやいやいや! あれは偶然」
 といいながら、目黒は警官にひっぱられていった。

(了)

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