遣唐使52

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 オレは天才だ。
 なんの天才かというと、クローン技術である。究極の目的である人間のクローンも簡単にクリアしたが、まさか他人で実験するわけにもいかないので、自分を増やした。同じように頭のいいオレが生まれてくるのでますます研究は進む。
 ばれるとヤバイので大学は辞め、自宅を改造して研究を続けた。
 そんなある日のことである。
「おい、外がヘンだぞ」
 とオレ弐が言った。
 オレ参も、なんか日本じゃないみたいという。
 オレたちが総出で探ったところ、タイムスリップに巻き込まれ、約一三〇〇年前にぶっ飛ばされたことが判明した。
 電気もねー、ガスもねー、原子力なんかもちろんねー。
 ところが、さすが天才のオレ様。家の実験棟は太陽光発電で稼働するようになっているので、最低限の実験は行える。
 でも、実験を続けるような状況ではないわな。オレたちは、足を棒にしてタイムスリップした人間を探したが、見つからない。局地的にオレたちの家だけが時滑りを起こしたとしか考えられない。
 八〇〇年代の人間とうまく交流できないので、孤立もいいとこだ。
 仕方なく、探索の対象を世界に広げることにした。エンジンなんてないし、燃料だってないから、ジェット機はおろか船を造るわけにもいかない。
 オレたちは時の権力に取り入り、遣唐使に混ぜてもらった。
 これからは、空海と呼んでいいぜ。
 日本全国に空海の発見した温泉とか、空海の指揮した工事とか、空海の開いた寺がやたらとある理由がこれでわかるだろ。
 で、どうなったかというとどうにもならない。仲間は見つからず、実験に必要な物質も減るばかり。天才のオレも音を上げて、長期戦を覚悟した。幸い、オレたちのクローン技術だけはこの時代でも実現可能だ。
 オレたちは高野山を手に入れて、太陽光発電システムと実験棟を移設した。
 空海は八三五年三月二十一日、六十二歳で入滅したと言われているが、これは本当だ。でも平気だ。
 空海は死んだのではなく、禅定した。肉体は滅びず、高野山奥の院の霊廟でいまも禅定を続けている。
 つまり、時が通りすぎるのをじっと待っているのだ。
 オレは遣唐使として中国に渡ったオレから数えて五二代目。一代目の残した大カレンダーに照らすといまは二○○九年。あと九〇年くらいたてば、オレの時代に戻ることができる。
 ああ、早く時が過ぎねえかなあ。
「無感覚になることじゃ」
 と、じじいのオレがいう。うるせえ。オレはメシを待ってんだよ。おせえなー、仕侍僧のやつ。

(了)

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