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「罠の戦争」第十一話感想「螺旋階段を登る」

解体と再生。堂々の完結

 第十一話が最終回である。
 鷲津亨は権力の魔力に取り憑かれ、方向性を見失った。善をなすために力を望むが、自分が追い落とした鶴巻幹事長に「善を重ねると悪と呼ばれるようになる」と喝破される。しかし、それで亨の曇った目が晴れることはなかった。
 前回、次々と人が去って行った。今回、最後に残った蛍原にも反抗され、
「退職願い書いておいて」
 と突き放す。
 家に帰ると、可南子に離婚届を突きつけられる。
 ここがどん底である。
 亨は下校中の泰生の姿を隠し見、ようやくなにが自分にとっての「ふつう」であったかを思い出す。
 それは人生のなかでずっと培ってきた正義感だった。
 巨悪と差し違えた亨は選挙違反の罪をあがなうため、千葉県警に自首する。
 ここまでなら、一市民が権力にとらわれ破滅するだけの物語だが、「罠の戦争」にはまだ先があった。別れた妻、可南子が千葉十五区で初当選を果たし、国政入りする。その政策秘書に応募するのだ。
 秘書から秘書へ。ぐるりと一周回って元通り。
 しかし、人生は螺旋階段。位置は同じでも、一階分階段を登っている。そういう希望のみえるラストであった。
 見事な物語構造である。

変わらない政治構造

 巨悪とは、現職総理大臣であった。反社とのつながりがあったのである。鷹野がそれを暴こうとしていた。
 総理は亨に鷹野潰しのネタを探すように命じる。亨はいったん鷹野も騙し、総理に生中継の同意をとりつける。
 生中継で、亨は用意されていた台本を破り捨て、自分の罪を告白。番組はすぐに打ち切られるが、自分の部屋に戻って、熊谷記者の協力を得て、生配信を続ける。生き生きと猫田たち総理側の秘書軍団を阻止する蛍原。
 亨は隠された鶴巻幹事長のゼネコン疑惑、総理の反社とのつながりをぶちまける。このときの演説の迫力は鬼気迫るものがあった。
 結果、竜崎総理は引退に追い込まれる。
 そのあと、7割の議員の支持を受けて総理の椅子に座ったのが、蛭谷幹事長であったのには笑った。蛭谷と鶴巻が談笑しているシーンも描かれる。鶴巻のいう「秩序」は守られたのである。
 政治構造のむつかしさがビジュアルで表現されている。機構上トップに立つのは蛭谷。しかし、そこに権力はない。では、鶴巻がトップかといえば、すでに政界から身を引いている。次の幹事長が誰かはわからないが、そこに権力が宿るかどうかも状況次第だ。つまり、倒そうとしても敵の姿が見えないのである。
 政治の仕組み自体は社会を維持、変革するために必要だが、そこには権力という魔物が棲みついている。果てしのない螺旋階段だ。「政治の形」を見切った亨はこれから着実に階段を登っていくことになるだろう。

草彅剛の驚異的な演技力

 最終回の展開はジェットコースターのようだ。
 序盤ではまだ亨は権力にとらわれている。
 離婚届を突きつけられ、我に返る。
 泰生の姿を見て、正義を貫く決心をする。
 政治権力との対決。怒りの発露。
 自らの使命を終えた満足。
 秘書として新しい一歩を踏み出す喜び。
 これだけのめまぐるしい変化を表情一つで演じてみせる草彅剛はモンスターだ。とくに怒り→落ち着き→喜びと変化していくさまは圧巻だった。十話分かけて地味に築きあげてきたものを一気に爆発させた。

ブレない人たち

 亨の回りにいた人たちは、最終回から振り返ってみれば、誰もブレていない。
 可南子は嘘をつかれるのがイヤだった。それは繰り返しフラッシュバックする友人の死から来ている。彼女は「もう大丈夫」と言って死んだのだ。自分に平気で嘘をつくようになった亨を見捨てたのは当然といえる。
 蛍原も蛯沢も「弱者のための政治」を訴える亨に共感して部下となり、その訴えが空疎になったとき、離反した。
 熊谷記者は一貫して正義のために動いている。
 もともと女性支援運動をしていた鴨井ゆう子は、可南子の後押しをする。
 鷹野は、二世議員で政治のことをよく知りながら、それを改善しようとしている。
 こうした周囲の人々の「その人らしい生き方」があったから、亨の変化が際立った。このドラマ、よく考えてみれば誰も死んでいないし、亨に叩き潰されたり利用された人々もそれによってかえって幸せになっている。
 最後に畑で「わしづ」と呟いた犬飼元大臣がその象徴だ。
 あらためてよくできた脚本だなあと思う。

定番の植物ネタ

 このドラマの定番となっていたのが植物おたく蛯沢の植物ネタだ。
 しかし、最終回だけは、亨が植物ネタを仕掛ける。
「竹が枯れたあとには、新しい竹が再生する」
「そういう説もあります」
 とうなずく蛯沢。
 こういう小さな変化球も楽しい。

見事な結末

 ネットをみると、続編をとか特番をという声が上がっていた。
 たいへん面白いドラマだったので、その気持ちはわかるが、それでもこのドラマは完結していると思う。最初に書いたとおり、亨は螺旋階段を登り、元の「秘書」という身分に帰ってきた。こんな見事な作劇術はなかなかない。
 このまま、いいものを見せてもらったという記憶を大事にしたい。

(了)

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