銀座

 事実を書く。
 また道に迷った。
 東京国際フォーラムへ日本の農業の未来の話を聞きに行ったのである。
 行くときは、こんなふうに頭の中で「私の地図」を組み立てた。
「丸ノ内線で銀座駅に行く。地上に出て、JR有楽町駅の線路を越えると、ビッグカメラがある。そのすぐ近く」
 ビッグカメラは何度か行ったことがあるので楽勝だった。
 問題は帰宅時だ。なにもイメージしてなかった。
 会場を一歩出たとたん、足がすくむ。JRの高架を越えなきゃいけないのは確かだ。しかし、越える前に三省堂に出会ってしまった。
 しばらく本を買ってないなあ。夢中になって本を選び、会計を済ませて外に出た時は、おおよそここが日本であることくらいしかわからない。
 ずっと歩いていると、ようやくメトロのマークに出会った。
「やった。銀座一丁目。って、アホかー」
 銀座駅はどこへ行った。銀座番外地に用はない。逆方向に戻ると、今度は有楽町線の有楽町駅に出た。もはや銀座ですらない。
 大通りに出て、看板を見ても、有楽町方面とか、新橋方面とかいう文字ばかりで銀座がぜんぜんない。もう銀座でなくてもいい。どこかで丸ノ内線にぶち当たらないものかと運頼みでフラフラ歩いていると、新橋方面の道沿いにメトロマークを見つけた。
 油断すまい。
 ビルの内側にある階段をゆっくり下っていくと、そこが丸ノ内線銀座駅だった。
「銀座に銀座駅なく、銀座駅の近くに銀座なし」

(了)

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