天下り

 形ばかりの面接を行うため重役連が雁首を並べる中で、いかにも重たげな扉を開け、恵比寿様が入ってきた。
「……」
 会議室に重い沈黙が落ちた。
「あの、そういう冗談はちょっと」
 人事部長が下を向いて呟いた。
「民間をバカにしているのか」
「かぶり物をとれ」
「いくら通産のお偉いさんか知らんが」
 社員の半数近くをリストラしなければならないいま、こんな爺を受け入れている場合じゃないということは経営陣の誰もが認識している。しかし、ここで官に楯突くのは得策ではなかった。やむを得ない。そんな思いが渦巻く場所への場違いな登場だった。
 恵比寿様は、困ったようだった。
「あー、わしは」
「経産省審議官、伊丹原蔵さんでしょ」
「恵比寿じゃ」
「お帰りください」
 断を下すように社長が言った。
「ええのか」
「結構です」
「ほら、さよなら」
 恵比寿様は釣り竿を肩にしたまま、ずるずると扉まで戻り、もう一度部屋をぐるりと見回して帰っていった。
 その直後である。
 へこへこ頭を下げながらネズミ男のような伊丹原蔵が会議室に入ってきたのは。
 部屋は一気に騒然とした。
「あ、あれは本物だったのか」
「恵比寿様といえば商売繁盛の神様」
「しまった」
「おいかけろ」
 パニックだ。会議室はもぬけの殻となった。いや、一人だけ残っていた。なにも分からぬまま引き倒され、数え切れない靴底に踏みつけにされた審議官が。
「民間はきついなあ」
 と伊丹は思った。

(了)

お気に召しましたら、スキ、投げ銭をよろしくお願いします。

ここから先は

78字

¥ 100

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。