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【SS】沈黙の時代

「おはよう」
 と、退屈そうにしていた課長が言った。
「おはようございます」
 と平社員のオレ。
「あーあー」
「お風邪ですか」
「いや、なんだかこう、誰かに聞かれているかもしれないと思うと緊張してね」
「ああ、そうですね」
「どこかにいる君、というか、君たちかもしれないが、そんなことしてないで仕事をしたらどうかね」
「課長。えらいひとだったらどうするんですか」
「わ、すみません。ええと、マイクはどちらですか。土下座しとこう土下座」
「わかりませんよ。隠してあるんですから」
「そうか。黙っているしかないか。朝礼もやりにくいしな。ラジオ体操はどうだ」
「最近は隠しカメラもあるという話ですよ」
「メモで業務連絡を渡すこともできんじゃないか」
「課長の手書きは判読できませんからあってもなくても同じです」
「君くらい失礼だと、盗聴器があっても気にならないだろ」
「そんなことはありませんよ」
「ちわー。盗聴器駆除に来ましたー」
「やあ、待ってたんだよ。君が来てくれないことには業務を始められないからねえ。もうすこし早くならないかね」
「みなさん、そうおっしゃるんで」
「そうだろうな。手早く確実にやってくれ」
「はい」
 駆除業者は無線電波をチェックする機械で、盗聴器を探し始めた。コンセントに3個、電話に1個、隠しカメラは鉛筆立てから見つかった。
「毎朝これだもんなあ。たまらんよ」
「まあ、どこもこんなものですよ」
 ようやく業務が始まり、長い一日が終わって帰宅する。
 ビール缶のプルトップをひっぱり、ニュースをつけた。
「本日、盗聴器駆除の業者が盗聴器設置も請け負っていたことが判明。東京で三十件近くの業者が一斉に逮捕されました」
 課長は失神した。

(了)

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